俳句時事(171)
                作句の現場「花田植」棚山波朗
「花田植」は広島県北広島町に伝わる田植行事で、その起源は室町時代に遡ると伝えられている。飾りたてた牛が田を搔き、早乙女が田楽に合わせて田植歌を唄いながら苗を植える。のどかな初夏の田園にくり広げられる一大絵巻で、既にユネスコの文化遺産に指定されている。
花田植に参加する牛の飾りつけが、神社の境内で行われると言うので行ってみた。すでに大勢の人が集まり、数頭の牛が繋がれていた。
飾りつけは初めに頭部から行われる。紅白の太い飾り帯を角に巻きつけるようにして結ぶ。背には花模様の布を掛け、その上に花鞍を乗せる。花鞍は雄牛鞍とも言われ、龍の彫り物がしてある。重いものは30㌔もあるという鞍は赤・青・黄の三色の帯によってしっかり固定されている。鞍の上には家紋入りの旗を立て、これには薔薇や牡丹の花が取り付けられている。
花田植の由来は、この地方に古くから伝わる「𫝜し田」という行事から来ており、無病息災と豊穣を願う農耕儀礼だったという。その様子があまりにも華麗だったので、いつの間にか「花田植」と呼ばれるようになったと伝えられている。
花田植が行われる田は、国道から少し入った所に用意されており、鐘と御幣を持った人の先導で代搔きが始まる。代搔きの基本型は、縦ぐわ・横ぐわなどがあるそうだが、どれも田を平均に搔いて、苗を植えやすくするのだという。
30分ほどすると今度は田楽団と早乙女の入場である。大きな幟を先頭に、大太鼓・小太鼓・横笛・手打鉦、それに早乙女合わせて百人ほどが続く。田楽の衣裳は、紺股引にたすきがけ、管笠を被り手甲をつけている。早乙女は紺絣にたすきの赤や青、黄色が映えてカラフルである。
全員が位置についたところで、いよいよ田植えが始まる。最初は苗取りで、田の端に前もって用意されていた苗を束にして、等間隔で横一列に並ぶ。
三拝神と呼ばれる人を中心にして、最前列に早乙女、2列目が大太鼓、その後ろが小太鼓、笛、手鉦と横に並び、後退しながら植えて行く。早乙女は1人が五株ほど植えれば、ちょうど田の端から端まで植えることが出来る。
田植を指揮するのは三拝神で、両手にささらを持ち、全体の動きを見ながら進めて行く。右手に持ったささらは雄竹で、15本に割れている。これを摺り合わせることで、五穀豊穣を願うのである。
田植歌は三拝神が唄い、その後を早乙女が続ける。民謡に似た節まわしで、テンポはのびのびとしていかにも牧歌的である。
「花田植」そのものは一時間ほどで終ったが、今後の継承、保存には難題もありそうだ。「耕牛」「牛冷す」など、歳時記には残っているが、実際には見かけなくなった季語は多い。