自由時間 (97)  タペストリー                山﨑赤秋

 7月の京都は、祇園祭一色になる。そのハイライトは、山鉾巡行であるが、新型コロナウイルス蔓延の影響で、去年に引き続き、今年も中止されることになった。(密にならないその他の神事は予定通り行われる)2年連続で中止になるのは太平洋戦争中以来のことになる。
 祇園祭の始まりは869年とされる。当時、京の都には疫病が流行していた。それをもたらした疫神を鎮め、退散させるために、祇園社(現・八坂神社)の神々を迎えて祈祷が行われた。疫病をきっかけに始まった祭が、1150年余を経たいま、その疫病のせいで色々な行事や祭事が中止に追い込まれているというわけだ。
 山鉾巡行は、現在は前祭(さきまつり)と後祭(あとまつり)の2回に分けて行われている。前祭では7月17日に山鉾23基が、後祭では24日に10基が巡行する。(2019年の場合)
 祭の主役である山鉾は、贅を尽くした拵えものだ。山車の上に家を造り、その上に鉾・薙刀などを立て神の憑代とする。そして、前懸け・胴懸け・後懸け(見送り)という豪華絢爛な懸物によって飾る。(他の地方の祭の山車はそのまま山車蔵で保管されるものが多いが、祇園祭の山鉾の場合は3日前から部品を持ち寄って組み立てられている)
 その山鉾の豪華絢爛な飾り物はてっきり純和風のものだと思っていたが、近くで見て驚いた。舶来の、見るからに高価そうな古い絨毯やタペストリーが山鉾を飾っているのである。ヨーロッパでは幻とされる古い絨毯や、重要文化財に指定されているタペストリーが山鉾に懸けられているのである。祇園祭が「動く美術館」と呼ばれる所以である。
 そうした舶来の貴重な美術品が、どうして祇園祭の山鉾を飾るようになったのだろうか。一つのタペストリーの足取りを追ってみよう。
 時は江戸時代。京都には「三井家」をはじめとする多くの豪商がいた。そのほとんどが、呉服商や両替商を営んでいた。それら豪商は、徳川幕府や大名家の御用商人となった。そして、徳川家や大名家は多大な借財を負っていた。
 そのタペストリーは、17世紀にベルギーで織られたものだ。5枚連作だった。それを徳川将軍への献上品として、オランダは日本に運んだ。徳川家は、それをいくつかに分けて下賜したようだ。芝・増上寺(焼失)、加賀藩、そして、3枚は、借財の謝礼として、京の豪商たちに売却された。豪商たちは、祇園祭のスポンサーでもあったから、山鉾の装飾にしようということになり、9枚に切り分けて「鯉山」という山鉾を飾ることになった。このタペストリーはギリシャの叙事詩『イーリアス』の一場面を描いたものである。
 さて、タペストリーというと忘れられない作品がある。2013年に六本木の国立新美術館で開催された、《貴婦人と一角獣展》の同名の連作タペストリーである。鮮やかな千花模様(ミルフルール、複雑で小さな花や植物が一面に広がる模様)を背景に、人間の五感(触覚、味覚、嗅覚、聴覚、視覚)を表す五面のタペストリーと、「わが唯一の望み」と題された一面の謎のタペストリーとからなるが、500年経ったとは思えない色の美しさに圧倒されたものだ。中世ヨーロッパ美術の最高傑作とされる同作品は、現在はフランス国立クリュニー中世美術館(パリ)に展示されている。
 タペストリーは、フランスやベルギーでは、政府の保護を受けて存続しているが、フランスの場合、そのほぼ中心にあるオービュッソンという町が、昔からタペストリーの町として世界的に有名である。2009年に「オービュッソンのタペストリー」がユネスコの世界無形遺産に登録されたことをきっかけに、中央政府・地方政府を巻き込んで「国際タペストリー都市」が2017年に誕生した。
 この「都市」のモットーは、「伝統的技術を守りつつ、各時代に合わせ変化し続け、常に現代性を取り込み、繁栄する道を模索すること」である。「都市」の誕生に合わせて、まず始められた企画が『指輪物語』の作者トールキンが残した挿絵から14枚を選んでタペストリーにするというものである。現在進行中。
 次に始まったプロジェクトは、「オービュッソン、宮崎駿の空想世界を織る」というものである。宮崎駿監督のアニメーション映画4作品からそれぞれ名場面を選び、それらを大きなタペストリー作品に織り上げるという計画である。
 選ばれた作品は、
 ①『もののけ姫』5m×4.6m
 ②『千と千尋の神隠し』3m×7.5m
 ③『ハウルの動く城』5m×5m と3m×5.6m(2場面)
 ④『風の谷のナウシカ』2m×10m
 の4作品5場面。スケールの大きなタペストリーになる。
 タペストリーを織るには、1平方メートルあたり200時間から800時間かかるといわれる。織り始める前の準備も大変だ。まず、完成作品と同じ大きさの下絵を作らなければならない。糸1本1本の素材、色、太さを決めなければならない。そして縦糸を張って、いよいよ織りはじめだ。
 今の計画では、2023年末には、5作品がすべて完成する予定である。完成したタペストリーは日本でも公開される予定だ。2024年が楽しみだ