古典に学ぶ (114) 日本最高峰の物語文学『源氏物語』世界を繙く
─「宇治十帖」物語の病と死⑨ 大君の病③ ー
                           実川恵子 

 匂宮と中の君の結婚が成り立ったことは、大君にとって大きな衝撃であった。ことに匂宮は好色者(きびと)として評判をとる人物であり、高貴な身分ゆえに宇治通いもままならなかったのである。大君は、この結婚は中の君にとってとりかえしのつかない不幸な運命に踏み込んでしまったのだと思わざるをえなかったのであった。
 匂宮は中の君への格別の愛情とは別に、明石の中宮腹の第三皇子であり、やがては東宮の位にという呼び声も高いこの高貴な身分からすれば、都から遠い宇治の通いは容易なことではなかったのである。このような匂宮の立場を大君にしてみれば理解できるはずもなかった。匂宮は、ただ我が妹の運命を踏みにじり、八宮家の面目を打ち砕く不誠実な男としか見られなかったのも仕方のないことであった。
 大君は、薫の期待とは反対にますます自分の殻に閉じこもった。さらにさまざまな悲観的なことが重なり、心労の余り病に臥せってしまった。そして、やがて重態に陥ってしまったのであった。
 折から都では、新嘗祭の翌日、宮中で行われた宴会で賜宴の後に奏楽や五節(ごせち)の舞などが行われた豊明(とよのあかり)のはなやかな節会(せちえ)の頃であった。この頃宇治は吹雪で荒れるわびしく暗い夜であった。

 薫は、公務をなげうって宇治に駆けつけ、臨終の近い大君を見舞った。二人がいま、最後の語らいをしようとする「総角(あげまき)」の場面は、その心理や行動から、互いの気持ちが手に取るように感じられるなかなか読み応えのある箇所であろう。

 灯(ひ)はこなたの南の間にともして、内は暗きに、几帳(きちょう)をひき上げて、少しすべり入りて見たてまつりたまへば、老い人ども二三人(ふたりみたり)ぞさぶらふ。中の君は、ふと隠れたまひぬれば、いと人少なに、心細くて臥したまへるを、「などか御声をだに聞かせたまはぬ。」とて、御手をとらへておどろかしきこえたまへば、「心地にはおぼえながら、もの言ふがいと苦しくてなむ。日ごろ、訪れたまはざりつれば、おぼつかなくて過ぎはべりぬべきにやと、口惜しくこそはべりつれ。」と、息の下にのたまふ。「かく、待たれたてまつるほどまで、参り来ざりけること。」とて、さくりもよよと泣きたまふ。
 御ぐしなど、少し熱くぞおはしける。「何の罪なる御心地にか。人の嘆き負ふこそかくはあんなれ。」と、御耳にさし当てて、ものを多く聞こえたまへば、うるさうも恥づかしうもおぼえて、顔をふたぎたまへり。

(灯火はこちらの南の間に灯してあって、室内は暗いので、薫は几帳を引き上げて、少しすべり入っている。中の君は、すぐに姿を隠しておしまいになったので、たいそう人けが少なくて、大君が心細いさまで横になっていらっしゃるのを、「せめてお声なりともどうしてお聞かせくださらないのですか。」と言って、お手をとらえて声をおかけ申しあげなさると、大君は「そのつもりではおりましても、何か言うのがとても苦しうございまして。ここずっとお訪ねくださらなかったものですから、気がかりな思いで死んでしまうことになるのかしらと、心残りでございました。」と、苦しい息の下でおっしゃる。薫は「このようにお待ちかねいただくほど長い間、参上いたしませんでしたことよ。」とおっしゃって、しゃくりあげてよよとお泣きになる。大君は御額なども、少し熱がおありなのであった。薫は「どうした罪障によるご病気でしょうか。人を嘆かせると罪の報いでこうなると言いますが。」とお耳に口を当てて、あれこれ多くのことを申しあげなさるので大君はわずらわしくもあり恥ずかしくもあって、お顔をふさいでいらっしゃる。)

 薫は大君の枕許で、ついにこの世で結ばれることのなかったつらい因縁に思いを巡らせ、何とか大君が回復して、互いの胸の内を語る日の来ることを必死で念じ続けるのであった。