「耕人集」 8月号 感想 沖山志朴
みちのくの光つつみて袋掛綱島きよし
林檎の袋掛であろうか。まだ小さい実を輝かせている日の光ごと袋に包み込んだという句である。リズムもよく、体言止めも余韻を残す。
北国の瑞々しい陽光や自然を「みちのくの光」と比喩的に表現している。的確な措辞に作者の感性の豊かさが感じられる。
子の声が空を広げて桐の花 池田年成
甲高い元気のよい子供の声が空に響く。見上げると澄んだ青空。それはまるで、子供の声が押し広げたかのようである。さらに視野を広げると、凛々しいさまに桐の花がその一隅を飾っている。
上五の聴覚の世界から、中七は視覚の世界へと転じる。そして、最後は紫の桐の花の視覚へと焦点が絞られてゆく。視点の移動が見事である。
四十雀の連れ啼く声の厨まで 末重敏子
厨であわただしく動き回りながらも、作者の関心は、聴覚を通して外の自然界へと向けられている。
他の四十雀の鳴き声に呼応して鳴く四十雀は、いったい何を伝え合っているのだろうかと気になる。四十雀は、20以上もの鳴き声を使い分けるという。おそらく作者もそのことは理解しての句であろう。台所からの音の写生句である。
スイッチバックして紫陽花の中走る 松原悦子
言葉足らずの句でありながら、とりわけ関東の人には良くわかる句である。箱根登山鉄道の塔ノ沢から3回のスイッチバックを繰り返しながら、電車は宮ノ下に到着。この間、季節を迎えると沿線の紫陽花が見事な彩りを見せる。
意表を突くような上句の七音が見事。読者は、おやっと思いながら、事の次第を理解してゆく。計算された上での七音なのであろう。
万緑や組体操の迫り上がる 横山澄子
自然の豊かに残る校庭での運動会の一齣。組体操の終盤に行うタワーであろうか。下から順に立ち上がり、最後に恐る恐る伸び上る一人。緊張の一瞬である。
下五の「迫り上がる」により、景の立体感や緊迫感までもが伝わってくる。季語の自然と人為的な行為との取合せも見事である。
青嵐木々のけぞりて輝けり 田邊朱美
過剰とも思える中七の「木々のけぞりて」が掲句の妙味とも言えよう。この擬人法を用いた中七により、吹き上げる青嵐の強さ、一山のみごとなまでの万緑、柔軟な大樹の枝々、葉裏の白い輝きまでもが想像できるからである。
人の知らぬところでの大自然の動きをよく観察して作っている。自然と一体となったところがよい。
山峡の空うばひあふ芽吹かな 松江哉子
限られたスペースの山峡の青空。そこに犇くようにして様々な種類の木の枝が競い合って伸びている。そして、その枝々の先には、彩り豊かに新芽が密集し輝きを放っている。
「うばひあふ」には自然の躍動が象徴されている。春の自然の生命の躍動を詠った句である。
子の部屋に大き地球儀夏来る 清水延世
大きな地球儀は、子供の将来の夢の象徴である。きっとこの部屋で生活している子どもは、将来の大きな夢を持ちつつ、学び、遊びして、日々の生活を充実して送っているのであろう。
夏は子供も行動範囲が広がり、貴重な経験をしながら心身ともに一段と成長する。季語が効いている。
鵜の羽の落ちて寂しき暁の舟 下地明三
鵜飼を観た翌日の夜明けの句である。場所は、昨日鵜飼に使った小舟の上。そこに鵜の羽が落ちているのを目にし、寂しさとも虚しさともつかない複雑な心情になる。
芭蕉の「おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉」の句を連想させるが、違うのは、時であり、焦点化されている対象
である。鵜の羽から想像の世界を見事に広げた句である。
僻村の結衆集ひ一期田刈り 屋良幸助
機械化が進んだ今日、稲の刈り入れに結の人たちが集まって協力し合う習慣は、全国的にも少ない。これは鄙びた集落だからなのであろうか。
また、二期作まで行われるのも、一部の暖かい地方を除いてない。人々は、代々このようにして協力し合い、次の二期目の耕作へ慌ただしく取り掛かったのであろう。素材的に非常に珍しい句である。
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