「耕人集」 3月号 感想 沖山志朴
常備薬買ひ足す事も年用意船山励三
正月の用意のためのたくさんの品物を買い込んだ作者。最後に、少なくなった常備薬を買い足して年用意の買い物は終わった。だが、考えてみれば、高齢者にとっては常備薬も年用意の一つなのであるよ、というもの。
年用意といえば、常識的には、大掃除、床飾り、松飾り、買い物、賀状書き、おせち作り等々と考えがちであるが、作者は、その常識を覆すような常備薬を平然と配した。その意外性が見事に成功した句である。
出来ぬこと一つづつ増え年の暮長谷川貴美惠
以前はきちんとしていた年用意を、今では簡略化してしまったり、ついつい買ったもので済ませてしまったりすることが増えてきたよと語る。
作者には、高齢になっても正月はきちんと用意して迎えたいという気持ちはしっかりある。しかし、残念ながら体が思うように動かず、それができなくなってきた。掲句は、年々老いてゆく自らを、嘆いたり、うろたえたりすることなく、冷静に見つめ、そして半ば受け入れつつ表現しているところで成功している。
だみ声も御慶なるかな明鴉笹本勝三郎
鳥類の研究が進んだ今日では、鴉はその鳴き方、音程、声色、回数、組合せなどにより、縄張りの主張、威嚇、危険、安全、仲間集め、挨拶など実にさまざまに、意思疎通や情報伝達をし合っていることが明らかになってきた。鴉の賢さは、この鳴き声に裏打ちされている、といっても過言ではないようである。
古くは鴉は神の使いであるとされた。とりわけ元日の鴉はめでたいもの。正月の明け方のだみ声が、どのような鴉の意思表示なのかは分からないが、作者には新年の祝辞を申し述べているように聞こえるという。中七の「かな」は詠嘆の意味を表す助詞。
寄生木にいのち預けて枯木立請地仁
句意は、冬木がまるで寄生木に自らの命を預けてしまったかのように枯れつくし、寄生木の葉だけが高みに青々としている、というもの。
実際には、寄生木は自身で光合成を行うものの、ミネラル等の供給は宿主である樹木に依存しているというから、寄生木の瑞々しい命を支えているのは、ほかならぬ冬木のたくましい生命力なのであるが・・。青々とした寄生木の色と冬木を対照的に配することにより、視覚的な効果を狙い、それが功を奏した。
歳晩のひしめく街の嗄れ声岡島清美
年の暮れの商店街の夕方の光景。押し詰まった街中の情景や雰囲気が、そこにあたかも居るかのように伝わってくる。主観を交えず、写生に徹していて、表現に全く揺るぎがない。
中七の「ひしめく」は、視覚的な表現でありながら触覚的色合いも濃く感じられる措辞。「嗄れ声」は、聴覚の語である。1箇所だけでなく、あちらこちらから入り混じって聞こえてくる状況なのである。
梟の一声闇をかぶせ来し小島利子
裏山で鳴いた梟の一声により、あたりの闇が一段と深くなったように感じられた、という感覚的な表現の句である。「かぶせ来し」の措辞は、主観的な色合いがかなり濃いが、まさにこの下五の措辞が、掲句の妙味であるといってよい。作者の鋭敏な感性がこの措辞に凝縮されている。
普段から、言葉の感覚を磨いていないと、なかなかこのような洗練された言葉の用い方はできない。感性の鋭さに裏打ちされた一句であるといえる。
ラガーらのぶつかつて湯気吹き上がる菊地惠子
ラガーはラグビーの傍題で冬の季語。両チームががっちりとスクラムを組む。そのラガーたちがぶつかり合った瞬間、体から汗が蒸気となって白く立ち上がった、という光景である。
下五の「吹き上がる」はやや過剰とも思える表現であるが、作者の実感なのであろう。この措辞により、一句に熱気や躍動感が生まれ、全体が生き生きとしてくる。端的な表現の中に力強さが感じられる句である。
駆け下りる松例祭の綱肩に小林美穂
松例祭は、大晦日から元日にかけて行われる羽黒山の火祭。国の重要無形民俗文化財になっている。烏跳びほかさまざまな神事が行われる。中でも若者衆による大松明引きは勇壮である。綱は大松明に用いる藁で編んだ引き綱や縄のことである。
それらを肩に担ぎ、若者衆が一気に山坂を駆け下りる。地域の多くの人たちが早くから準備するだけに、大がかりな祭は熱気に包まれる。そんな祭の一端を見せてくれる躍動感あふれる句である。
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