「耕人集」 4月号 感想  沖山志朴

大寒や竹割れる音厨まで楢戸光子

 厳寒地においては、樹木が寒さで凍って大きな音とともに裂ける凍裂という現象が起きる。竹の場合は、寒さだけではなく、さらに成長時に節の気圧の変化で内部の空気が瞬間移動するために、大きな音が生じることもあるという。
 掲句は、寒さによるものなのであろう。大寒、竹藪からしきりに聞こえてくるカーン、ポーンという竹の割れる音、台所仕事をしていてもついつい意識がそちらに向いてしまう。それにしても今夜も冷えることよ、と大寒の厳しさを思う。 

力石試して終へぬ探梅行小島利子

 力試しは、江戸時代から明治の初期にかけて、娯楽の一つとして祭などの折によく行われたという。場所としては、神社の境内が多かったようである。
 男女何人かで、出かけた探梅。あちらこちらと見て回って、それぞれ満足したのであろう。最後の場所は、おそらく神社の境内。誰かが見つけた力石に、男性の一人が挑戦してみた。しかし。「いやいやこれは腰を痛める」とでも言いつつあきらめ、探梅も終わったのであろう。一行の和やかな雰囲気が伝わってくる。

白昼に憚り知らず猫の恋廣川秀子

 恋の季節を迎えると、猫は昼間でも人目も憚らず繁殖行動をとる。子供の頃、庭先でそのような行動をとった猫を、母親が棒をもって必死に追い払ったのを記憶している。子供に見せたくなかったのであろう。
 繁殖期の猫は、ろくすっぽ餌もとらずに昼夜を問わず恋に夢中になる。やせ細り、毛が抜けたり、傷だらけになったり、奇妙な鳴き声を出したりと様相が一変する。そのような猫の本能的な行動をよく捉えている。 

銭湯の桶の響きや年の暮 伊丹文男

 かなり以前、下町の銭湯を舞台にした人気コメディーがテレビで高視聴率を上げ続けるということがあった。30年前には、全国で14,000軒近くあった銭湯の数も年ごとに減り、今日では4,000軒を下回ってしまったという。主な理由は、各家庭の風呂の普及率が高まったことによろう。これは、喜ばしいことでもあるが、人情味あふれる付き合いの場が減ってきたことへの一抹の寂しさもある。 
 作者もきっと、昔ながらの銭湯の魅力をよく知り、こよなく愛するお一人なのであろう。湿った木桶がタイル張りの床に当たると、高い天井に響き、ちょっとした谺のようになる。その音に心が安らぐ。目を閉じて慌ただしかった今年一年をしみじみと振り返る。身も心も芯まで温まる。 

みな同じ海を見てをり都鳥島村若子

 伊勢物語の「東下り」の段でおなじみの都鳥は、ゆりかもめのこと。見かけるのは墨田川ばかりではない。掲句はどこかの漁港なのであろう。防波堤にずらりと並んだ都鳥が、興味深いことに揃って沖の彼方を眺めている光景に作者の関心が向く。
 沖を見ているのは、きっと沖から吹いてくる風に羽毛が逆らわないようにし、抵抗を少しでも和らげようとする鳥の習性なのであろう。自然界で生きる都鳥に、示し合わせた意思の統一でもあるかのように感じられ、その不思議さに作者はしばし見入っている。

鰭のまだ動く糶場の氷見の鰤畑宵村

 定置網で先ほどまで生きていた鰤。糶場に並べられたそれは、脂が十分に乗っていて身がはち切れんばかり。しかも、もまだ生きていて、鰭が動いている。 
 冬場の脂の乗った鰤は別格であるが、その中でも氷見の鰤は、最高値で取引される高級魚中の高級魚。なかなか庶民の口には届かない代物。慌ただしく人が動き回る朝の糶場で、作者の目はその生きのいい鰤にくぎ付けになり、魅力に圧倒される。 

湧き水に木洩れ日ゆるる浅き春榎本洋美

 多摩地区には、はけ水が豊かに湧き出る場所が随所にある。特に国分寺崖線沿いの湧水は、周辺の緑も豊かで都会のオアシスとして、多くの人々の心を和ませている。
 作者の目に留まったのは、そんな湧水の一つ。木漏れ日が当たるのであるが、それを次々湧き出る湧水が揺らしては輝かせる。澄み透った水、小鳥の声、そよぐ風、一幅の絵を見ているようで心も安らぐ。

悴みてあやとりの舟ゆるびたり竹花美代惠     

 言葉の省略が見事。しかし、選び抜かれた言葉から、場の情景や雰囲気までもがよく伝わってくる。
 祖母と幼い孫、夕食の後の団欒の一齣。「おばあちゃん、綾取りをしようよ」とでも孫が言ったのであろう。しかし、寒さで思うようには指も動かない。せっかくできた小舟も形が緩んでしまい、笑いが起こる。たった一本の毛糸が豊かに心をつなぐ。