「耕人集」 8月号 感想 髙井美智子
青嵐じつと目つむる岬馬尾崎雅子
宮崎県の都井岬の岬馬は江戸時代に高鍋藩の牧場で飼育されたが、のちに野生化し日本在来馬として天然記念物に指定された。丘陵地の草原には約90頭も棲息している。
付近の谷間には3,000本をこえる蘇鉄の自生林があり、吹き上げてくる青嵐を、岬馬がじつと全身で受け止めている様子を焦点を絞り込んで写生した句である。野生化した岬馬にとって、青嵐は目をつむり夢見る心地の風なのかもしれない。
のつそりと鎌に近づく土蛙高井信子
土蛙は水辺の近くで、おもに地上で生活しており素い動きが苦手である。茶色で大きくても5センチほどである。
土蛙が草刈りの鎌に平然と近づいて来たのだ。野に慣れ親しんだ作者は驚くこともなく、近づく蛙を素直に受け入れている。鎌を介して作者と蛙が繋がっているような不思議な世界である。
田水張りをへて飛び込むトラクター野尻千絵
荒鋤きの乾ききった田になみなみと水を張り、代掻きをする寸前の様子を写生している。「をへて」の措辞で、かなり広い田んぼの隅々まで水を行き渡らせたことをさらりと言い表わしている。
続いて代掻きをする為の大きなトラクターが畦を越え、田んぼの中へざぶんと入った。作者はこの瞬間の驚きを、独自の観察力で「飛び込む」と言い当てた。トラクターの震動と勢いで、田水は大きく波立ち泥水が飛び散った様子が見えてくるようだ。
守宮鳴く百円そば屋に子らの声屋良幸助
作者のお住まいの那覇の野性味あふれる日常を切り取った俳句である。東京2020オリンピックで、喜友名諒が金メダルを獲得した空手の盛んな所でもある。空手の練習の後、コーチが子供たちを100円そば屋に連れてきたのであろうか。守宮は明るい電灯の窓に無防備に張りついており、子供たちの賑やかな声との対比に俳諧味がある。沖縄では子供たちにとっても、守宮は生活の一部となっているようだ。耕耘機は「耕し」の副季語である。家庭用耕耘機は手軽で、農家の人にとっては片腕のようなものだ。
新緑の息吹を浴びる茂吉歌碑結城光吉
斎藤茂吉は蔵王を題材に300首以上の歌を詠んでいる。『赤光』は生命力に溢れた歌集であるが、掲句も茂吉の歌の力を醸し出しているようだ。作者は茂吉の歌碑を訪ねて蔵王嶺まで登り、茂吉の天を突く静謐な歌碑を眼前にして、この一句を得た。
蔵王連峰の最高峰熊野岳の山頂に、昭和9年に歌碑が建立され次の歌が刻まれている。
陸奥をふたわけざまに聳えたまふ蔵王の山の雲の中に立つ
春耕 創始者の皆川盤水も斎藤茂吉を敬愛してやまず、次の句を詠んでいる。
早苗饗や茂吉の家の牛やさし
放蕩を止めぬおやぢに土用灸池田年成
周囲の忠告を聞かない元気なお父さんを思う句である。サロンパスが出回る前までは、お灸を据えて肩こりなどを治していた。
作者はお父さんを客観的に見ており、放蕩を止めないお父さんの背中に、少し多めのお灸を据えたのかもしれない。やるせなさと愛情が入り混じった作者の心情がよく出ている一句である。
夕靄の降り来る出羽の遠蛙小川爾美子
この句で出羽とは出羽三山の羽黒・月山・湯殿山の見える土地をさしているのであろうか。これらの山々から、夕靄がゆたかに棚田へ降りて来る景の広がる句である。暮れどきには蛙の声も一段と高まり、遠くから聞こえてくる。
出羽の靄と遠蛙の二物の取合せが響き合い、抒情の効果をひきだしている。
葉桜に風の重さの加はりぬ石橋紀美子
葉桜を惜しみながら愛でている作者の様子がうかがえる句である。枝の重さではなく、風の重さを感じ取った感性の鋭さに感心させられた。
また、「重さの加はりぬ」の措辞で動きが生まれ、古木の桜を連想する深みのある句となった。
蝶二頭子らの散歩を引率す萩野智子
蝶を擬人化し、子らを「引率す」と描写したところがとても微笑ましい。2頭の蝶が、子らを振り返り振り返り飛んでいるようだ。日常の些細なことを掬い取った幸せを呼ぶ俳句である。
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