「耕人集」 9月号 感想 髙井美智子
道をしへ途切れ途切れの古道かな笠松秀樹
鎌倉古道等は意外なところに一部分が残っている。宅地や新しい公園等の開発により、古道はプツンと途切れており、「途切れ途切れの」の措辞がこの様子を上手く言い表わしている。
道をしへとは斑猫のこと。道標もない古道で立ち往生していると道をしへが現れ、作者の進む先を案内するかのように飛んでいった。道をしへとの出会いを楽しみながら、そぞろ歩きをしている様子が目に浮かぶ。
道をしへの季語が古道の素材をうまく引き出している秀句である。
梅漬の厨にでんと五升瓶矢尾板シノブ
毎年1年間分の梅を大量に漬け込むご家庭の様子である。梅を漬けるのは主婦の大仕事。甕だけでは足りず祝い事で飲み終わった酒の五升瓶も利用しているのである。思い出のある五升瓶の貫禄を「でんと」という短いオノマトペで言い表わし、成功している。
山家には姿も見えで時鳥村上啓子
山家で育った若者は都会や町へ働きに出て帰らず、山家には人の姿も見えなくなってしまったという解釈もできる句であろうか。
時鳥が近くまで来てよく鳴いている。まるで姿の見えなくなった山家の主を呼んでいるようだ。変わりゆく山家の様子を率直に詠み、万葉調を思わせる表現力で詩情溢れる一句となった。
白雨来る鑑真眠る地の木々に石井淑子
奈良の唐招提寺の苔深い一角に鑑真廟があり、御影堂には鑑真坐像が安置されている。
「鑑真眠る地」とは、奈良に御住まいの作者にとっては心休まる地である。両眼を失明した鑑真和上に、白雨の音が恵みのように聞こえていることだろう。自然現象を淡々と詠み込むことにより、鑑真和上を敬う重厚な句に仕上がった。
細見綾子は度々奈良を訪れ、昭和56年に鑑真和上の句を詠んでいる。
春の彩盲ひたまへる御目にも 綾子
画用紙に声跳ね返る菖蒲園金子正治
小学生達が菖蒲園で絵を描いているのであろう。集中して描くというより、遊びながら描いている。賑やかな声が画用紙に跳ね返ったと、面白く捉えている。作者の子供をみる眼のやさしさから生まれ出た佳句である。
断崖に海鳥群るる沖縄忌與那覇月江
この断崖は沖縄戦で逃げ惑い追い詰められた場所であろうか。アメリカ軍が戦艦を着け、上陸を開始した場所であろうか。今は海鳥が安心して群れているが、「断崖」の2字により、沖縄戦の様々な記憶が呼び戻されてくるようだ。戦没者への供養の心が深く感じられる句である。
夕風に気怠く揺るる栗の花大塚紀美雄
栗の花は長い房を重く垂らしている。この花から針の様な毬栗の実が出来上がるのは、想像しがたく不思議である。日差しを吸い尽くし、夕方にはすっかり疲れ切った栗の花。一物仕立の流れるような調べが気怠さを強調しており、栗の花の本質を言い当てている。
居並べる地蔵の裾の蟻地獄澤井京
薄翅蜉蝣の幼虫は蟻地獄と呼ばれ、軒下等の風雨を避けた砂地にすり鉢のような窪みを作り、その底に住み、迷い落ちてきた生き物をすり鉢の中心部に滑り落として捕らえる。
作者は地蔵の足許を借りている蟻地獄を見つけたのだ。地蔵の裾で小さな生き物達が熾烈な戦いを繰り広げている。作者の眼力と子供のような好奇心に感心させられた。地蔵と地獄の対比の妙。
紙魚の跡絵図に小径をつくりけり渋川浩子
「絵図」とは、近世以前の日本における「地図」か、又は大寺の古い平面図であろうか。
今年の夏は東京国立博物館で、三輪山聖林寺の十一面観音が公開されていたが、聖林寺の古い絵地図も見ることができた。折り目は薄らと色が剝げ、紙魚が這った痕跡があるようだった。
作者は、紙魚の痕跡が絵図に新しい小径をつくっているようだと独自の発見をすることができた。
句会では「自分の目で何を発見したか」と問われることがある。この発見とは、目新しい素材を見出だしたかだけではなく、独自の感性で「もの」を見ることが出来たかである。掲句はまさに写生による作者独自の「発見」の句である。
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