「耕人集」 12月号 感想 沖山志朴
母の言葉今なら分かる秋彼岸高瀬栄子
掲句を一読してうなずいた人も多いのではないだろうか。親には親の思いや立場があり、また、子には子の願いや価値観があり、そのギャップからついつい反抗的になる時期が誰にでもある。それを分かり易く明快に表現している。
人生経験を重ねた今は、うるさいと思っていた母親の気持ちがよく分かる。そして、反抗的であった往時の自らを責める。香煙の立ち上る墓石の前で、しみじみと手を合わせる作者の姿が髣髴としてくる。
親指の馴染む辞書なり秋灯下佐々木加代子
似たような句は少なくないが、単なる指ではなく「親指の馴染む」と表現したところに掲句のオリジナリティーが感じられる。電子辞書に頼ることの多いご時世ではあるが、愛着もあってまだまだ紙の辞書を使うことも少なくないのであろう。
親指を当てながら頁を繰ると、抑えが効いて、しっくりいく。親指の汚れの目立つ、使い慣れた古い辞書からは、作者の言葉への愛着や言葉への厳しい姿勢までもが伝わってくるような気すらしてくる。
秋風や桂の香る散歩道三間敬子
桂の木は、街路樹としても多く植えられているので、目にする機会の多い樹木の一つである。秋の落葉が始まる頃、この木の下を通るとプリンやキャラメルのような、なんとも甘い香りが漂ってくる。これは、マルトールという物質が葉で生成されるからだという。
梔子や金木犀など、花から強い香りを発する植物は少なくない。しかし、葉から強い香りを放つ植物はさほど多くはないのではないか。色づいた葉だけではなく、嗅覚をも敏感に働かせながら散策する作者、秋の風情もまたより身近に感じられたことであろう。
屠らるる牛引かれゆく野分後 衛藤佳也
嵐の過ぎ去った後の荒涼たる景色の中を、食肉用として飼われていた牛が、手綱を引かれてトラックへ積み込まれる光景である。手塩にかけて育ててきた酪農家にとっても辛い場面である。
牛は、一見のんびりしていて、鈍感な動物のように思えるが、実は、繊細で、しかも賢い動物である。環境の変化で体調を崩すことも多いし、自分に付けられた名前をきちんと判別でき、呼ばれるとその牛が反応したりもする。この売られてゆく場面でも、自らの運命がある程度わかっていて、牛は嫌がったり、悲しげな声で鳴いたりしたであろう。生活のために売らなくてはならないが、なんとも切ない光景である。
朝市に笊染めて売る山葡萄安奈朝
朝市に売られている山葡萄、自生のものと想像する。よく熟れているのであろう、滲み出た紫の果汁により、笊までが紫に染まっているという。
山葡萄は、高い木に絡みついて、高所に実を付けることが多い。畑で栽培しているものと違って採るのも大変難儀な作業。自ずと傷が付いてしまうことも多い。一物仕立てで単調な句になりがちなところを、中七に工夫を凝らし、うまくまとめている。
虫の音も加はる野外コンサート野村雅子
自然環境に恵まれた、郊外の広い場所での賑やかなコンサートなのであろう。演奏が静まると、周囲で鳴いている虫の音が一段と高くなり、室内でのコンサートとはまた違った趣になる。コンサートに夢中になりながらも、意識は、季節の移ろいをも敏感に感じ取っている。
素材的には若々しい浮き浮きした印象を受ける句である。しかし、その一方で、俳人としての意識も強く働いていて、しっかりと自然に向き合っている。
朝顔の滝のごとくに塀を越え岩﨑のぞみ
琉球朝顔であろう。琉球朝顔は、通常の朝顔と違い、多年草でしかも強い。花は一日中咲き、長さも10メートルを超えることも少なくない。
高い塀を乗り越えた琉球朝顔の蔓が、沢山の薄紫の花を付け、それが道路にまで溢れるように咲いている光景。花数の多さ、蔓の勢いのよさに驚いたのであろう。「滝のごとく」という表現も決してオーバーではなく、作者の驚きが印象的に伝わってくる措辞である。
仏壇に父の遺言と衣被有澤志峯
酒のつまみなどとしても好まれる衣被、きっと故人が大好きだったのであろう。また、衣被は、小芋、孫芋とどんどん増えるので、縁起物ともされてきた。
遺言には、ひょっとすると、ますます子孫が繁栄するように兄弟仲良くし、助け合うように、などと書かれていたのかもしれない。その意を受けての供え物であるのかもしれないと考えたりもした。
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