「耕人集」 3月号 感想 髙井美智子
たをやかな袱紗さばきや初茶の湯榎本洋美
新年の茶会に招かれた作者。洗練された無駄のない流れるような御点前は全ての所作が優雅である。しかもそれぞれの所作は大きく堂々としている。一点のよどみもなく、流れるような袱紗捌きに見惚れてしまった。
上五の措辞は新年の引き締まった空気が醸し出されており、庭の静けさまでも想像する事ができる。釜の湯が静かに立ちのぼる。この慌ただしい世に静けさと向き合うひと時を大切にしている作者の生き方を拝見させて頂いた。
雪原に縫ひ目のごとく獣跡三瓶三智子
まだ人の入らない真っ白な雪原に朝早く踏み入った。規則正しい足幅の獣の足跡がくっきりと続いている。
足跡の形を追いながら、兎か狸か貂かはたまた猪かといろいろと想像を掻き立てられた事であろう。作者独自の視覚の感性から生まれた中七の「縫ひ目のごとく」は、他に類をみない表現となった。
江戸前期の女流俳人で、丹波に生まれた田捨女の句「雪の朝二の字二の字の下駄の跡」を連想させられた。
楪の大樹となりし空き家かな池田春斗
楪の名前の由来は、春に若芽が出ると前年の葉がそれに譲るように葉を落とすことからきている。 その様子が代々家が続いていくことになぞらえて縁起物とされ、正月の飾りや庭木にされている。
ところが掲句の旧家は継ぐ者もなく寂しい空き家となってしまった。このような時の流れを想像だにしなかったであろう悲しい事実である。平明に詠まれていながら、読み手に深く想像を巡らせる句となった。
棚山波朗名誉主宰は恒例の新年の吟行「ハロー句会」で、楪を見つけると、必ずその名前の由来の説明を始められた。楪は新しい艶やかな葉を広げていた。
睨むとも見透かさるとも金目鯛関谷総子
新鮮な大きな金目鯛を俎板にのせ、調理が始まった。一匹の金目鯛と対峙した作者。大きく飛び出した目をまじまじとみていると少し怖くなってきた。包丁の手元が緩んだ。作者のたじろぎを金目鯛に見透かされたと感じたのだ。あるいは作者の心の内を見透かされたと感じたようである。
力強く減り張りの利いた一物仕立の句に仕上がった。
大漁旗はためくなかを初詣岩朱夏
作者は八戸にお住いの方である。2011年3月11日の東日本大震災から今年は10年を迎えたが、八戸港は津波に呑み込まれ、甚大な被害を被った。今年の正月は大漁旗を立てる事ができた。この句の背景には、東日本大震災による尋常ではない苦難の10年があった事を見逃してはならない。様変わりした八戸港周辺の街の風景。正月の象徴である大漁旗に焦点をあてた佳句である。
潮風に大漁旗がはためく中を様々な思いで初詣をされた事であろう。中七を全てひらがなで表現した事により、大漁旗が潮風に揉まれている様子を上手く表す事ができた。
赤べこの首を揺らして御慶かな本多孝次
赤べこは福島県会津地方の郷土玩具。東北の方言では「牛」のことを「べこ」という。赤べこは厄除けのお守りでもある。
東北の旅行の思い出に土産の赤べこを飾っているのであろうか。近づくと赤ベこが小さく頭を下げた。作者もおもわず頭を下げた。正月のこの長閑な出来事を御慶ととらえた発想力の豊かさに驚かされた。
赤べこがとても愛らしく描かれている。今年の干支は丑であるが作為を感じさせないユニークな作品となった。
行く秋の八幡堀を屋形船齊藤俊夫
八幡堀は豊臣秀次が八幡山城の城下町に造った水路である。江戸時代には近江商人の発祥と発展にも大きな役割を果たしてきた。堀に沿って、白壁の土蔵や旧家が立ち並び、華やかだった当時の様子が今も大切に保存されている。2006年には、八幡堀・長命寺川・西の湖一帯が全国で初めて重要文化的景観に選定された。
作者は八幡堀の長い歴史に思いを馳せた。上五の「行く秋の」の季語の選択がその思いを言い当てている。
白鳥のつまづきながら着水す斉藤房子
白鳥がみずうみに着水する瞬間を活写した句。足でブレーキを掛けようとする白鳥の勢いに波が逆立ち、大きな水掻きを上手く捌けず、水に躓いたように見えたのだ。写生に徹した作者の姿勢が独自の発見を生みだし、躍動感の溢れる句となった。
白鳥の飛び立つ水を駆けのぼり齋藤キミ子
前述の句とは対照的に掲句は白鳥が飛び立つ瞬間をとらえた句である。白鳥は水面を蹴り飛び立つが、大きな水掻きが一瞬水を持ち上げた。その持ち上った水の上を大きな白鳥が駆けのぼったように見えた。この確かな観察力に脱帽させられた。まるでスローモーションの映像を見ているようだ。
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