「耕人集」 7月号 感想 髙井美智子
ふらここ漕ぐ空にも道のありさうな赤荻千恵子
ふらここを漕ぎだすとリズムに乗ってぐんぐんと高まり綱がちぎれそうになる。まるで体まるごと空の中へ飛び出して行けそうな錯覚に襲われる。体が軽くなり空へ行けそうな気分を「空にも道のありさうな」と感覚的な表現で見事に言い表しているところに共感した。ふらここを漕ぐと、非現実的な不思議な世界が広がってくるものだ。
風船を吹くとき肩で息をして日浦景子
風船を懸命に吹く幼子の仕草をはらはらと見守っているのであろうか。幼子が風船を膨らませることは容易なことではない。口元の息だけでは膨らまないので、とうとう肩まで力をいれた。その様子を「肩で息をして」と絶妙な表現を探り当てたところを賞賛したい。子供への愛情から生まれた優れた即物具象の句である。
母校の名変はれど桜散り残る日置祥子
少子化に伴い学校が統合されたり、町や市の再編成によっても学校が統合されると学校名も変わる。
久々に帰郷して訪ねた母校はその名を変えており、校舎も近代的になっていたのであろう。しかし、校庭の桜は変わらずどっしりと構えているのを見て作者の心は救われた。散り残っている桜を惜しみながら、友達と遊んだり、散る花びらを追い駆けたりした思い出が過ったことであろう。
「桜散り残る」の措辞で、沢山の思いが詰まった桜だけは、いつまでも残してほしいという作者の気持ちが伝わってくる一句である。
父を連れたどたど来たり耕耘機鈴木さつき
耕耘機は「耕し」の副季語である。家庭用耕耘機は手軽で、農家の人にとっては片腕のようなものだ。
若い頃は耕耘機を使いこなしていたが、年を重ねると耕耘機の操縦もあやしくなる。「父を連れ」の措辞は、耕耘機がお父さんを連れて来たように見えたと捉え、ユニークな俳諧味のある句に仕上がっている。「たどたど来たり」は、実際にはお父さんがたどたどしく耕耘機を操縦して来たのである。
仁丹のブリキ看板春惜しむ 野村雅子
作者はある地方の鄙びた村を訪ねたとき、仁丹のブリキの看板が掛けられているのを見て、ぐいと昭和の世界に引き戻された。街並みもまだ懐かしい景色が残っていたことだろう。街中でも俳句の素材はあることを教えてくれた一句である。
昭和のあの頃は子供たちが夕暮れまで遊んでおり、路地は賑やかであった。昭和を懐かしむ心の情景を、「春惜しむ」の季語で醸し出すことができた。
葉桜や当直明けの缶コーヒー伊藤克子
コロナ禍で緊迫した病院の職員の当直明けのことであろうか。当直明けの熱い缶コーヒーを飲みながら外の景色へ目を遣った。勤務の忙しさに追われ、ゆっくりと満開の桜を見ることもできず、いつの間にか葉桜になってしまっていた。
省略の効いた言葉で単刀直入に言い切ったことにより、仕事の厳しさが滲み出る句となった。
畦塗りの大きく曲がる棚田かな成澤礼子
棚田は谷戸の斜面を切り開き、先祖代々大切に守られてきた。 棚田は大方は狭いが、作者は「大きく曲がる」の措辞を使い、読み手の驚きと想像を膨らませることに成功している。斜面の曲がり具合に沿って、大きくぎりぎりまで田を広げているのだろうか。水を満々と張った田はいつもより大きく見えるのだろうか。棚田の中で一番広く自慢の一枚なのであろうか、など想像が尽きない。
苗を一筋でも多く植えられるように、畦塗りは熟練した長老が鍬を細く尖がらせ丁寧に仕上げるのである。一枚の田を少しでも広く仕上げたいという畦塗りの農民の願いのようにも聞こえる句である。
鯉のぼり影は水面をかけのぼる衛藤佳也
作者のお住まい近くの相模川上流では毎年5月に「泳げ鯉のぼり相模川」祭りが開かれている。川の上空に綱を渡し1,000匹の鯉のぼりが群泳する様は壮観な眺めである。
さてこの句は川面に映った鯉のぼりの影に視点を絞った珍しい句である。風に乗って勢いよく泳ぐ鯉のぼりの影が急流に乗り「かけのぼる」ように見えたのだ。作者の写生眼力の鋭い感性から生まれた一句である。
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