「耕人集」 6月号 感想 髙井美智子
無医村に開院のビラ燕来る金子正治
常駐する医師がいない村は深刻な問題を抱えている。「医師の偏在問題」が背景にあり、過疎地などの住民は遠方の病院まで何時間もかけて往復しなければならない。こんな無医村に開院のビラが配られ、住民の喜びと安堵が見えるようだ。村中がこの話題で持ちきりとなり、急に明るくなった。
長い旅を終えた燕を迎える村人達の様子も窺え、「燕来る」の季語ととても良く響き合っている。
磐座へ柏手ふたつ山開中村岷子
山では岩そのものを神として信仰しており、磐座と言われる。小さな祠が鎮座している場合もある。二礼二拍手一礼の拝礼作法を「柏手ふたつ」と省略した措辞が山開きの雄々しさを言い得ている。
山開きに参加したお元気な作者の充実感が伝わり、これからの生き方まで前向きに開いていくようである。
同時作の「出番待つをとりの鮎の騒ぎかな」は、気迫ある「をとり鮎」を観察した臨場感の溢れる一句となった。
皆が着てかりゆしウェアの夏来る赤嶺永太
昭和45年に沖縄の暑い夏を快適に過ごし観光沖縄を宣伝するために「沖縄シャツ」の名称で発売され、平成12年に名称が「かりゆしウェア」に統一された。「かりゆし」とは沖縄の方言で「めでたいこと」や「縁起の良いこと」を意味する。沖縄県内では、かりゆしウェアは夏の正装として定着している。沖縄の暑さを受け入れる県民の知恵に感心する。
掲句は、沖縄の夏を満喫する開放感までも想像が膨らんでくる。
たぢろがぬ太き茎あるアマリリス平向邦江
アマリリスの立派な花にはどきりとさせられる。特に深紅の色を見ていると嘘を見透かされるようである。このように感じるのは「たぢろがぬ太き茎」からかもしれないと掲句を読んで納得させられた。
美しい花に似つかわしくない「たぢろがぬ」の措辞が、作者の鋭い感性によって生まれ出たと思える。
思ひ出のベンチに春を惜しみけり千野弘枝
ベンチには皆それぞれの思い出があるが、このように俳句に仕上げるとその思い出が生きかえってくる。公園のベンチは幼き頃の我が子がよみがえる。友達に悩みを打ち明けて夕星を見上げた青春時代のベンチかもしれない。ベンチでの思い出の一頁を大切にしている作者である。日常を気張らずに穏やかに詠いあげている。
シナプスのつながり悪し目借時藤沼真侑美
「シナプス」と言う医学用語を俳句に使用した挑戦の精神に賞賛を送りたい。シナプスは神経細胞と神経細胞などを結ぶ接合部である。作者は頭がぼんやりし、体がだるい状況を医学的な体の仕組みから起きているのではと直感したのである。
古風な「目借時」の季語と現代医学用語を組み合わせたアンバランスによって俳諧味が生まれた。
咲き満ちて静けさにあり夕牡丹平田姓子
暮れ際の牡丹は特に美しさを感じる。上五の「咲き満ちて」は、一日をよくぞ咲いてくれたと賞賛し、今まさに「咲き満ちて」いる美しさを讃えている。「静けさにあり」で雨風もなく、牡丹を思いやる安堵感が滲み出ている。牡丹はひとつの花が咲く期間は3日から4日しかなく一日がとても貴重である。
「夕牡丹」の季語を用いたことにより牡丹の花の儚さをも抒情的に詠いあげている。
大あくびするチューリップ午後三時渋川浩子
朝から張り切って咲いていたチューリップは子供達から沢山の声をかけられた。午後3時にもなるとすっかり疲れてしまったようだ。
思い切り擬人化し、開ききった様を「大あくびする」と見立てたところが発見である。下校の子等からどんな声をかけらるのだろうか。
照り返す庄内平野代掻田齋藤キミ子
「庄内平野」の広大な景を詠った句である。申し合わせたようにどの田も代掻きが終わり、庄内平野全体が一点の翳りもなく照り返している。遠くの出羽三山や鳥海山の山々に抱かれた「代掻田」の景は壮観であろう。鶴岡にお住まいの作者ならではの嘱目吟である。
赤き薔薇鏡に入れて朝化粧内田節子
上五から中七にかけての「赤き薔薇鏡に入れて」は、作者の心の内に秘めた思いが髣髴としてくるようだ。病に伏しているなら、薄らと仕上げた朝化粧に精気がよみがえったことであろう。お出かけの予定があるなら、少し明るめの化粧かもしれない。今日一日の作者の物語がここから始まる。
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