「耕人集」 3月号 感想 高井美智子
艶の良き走りの柚子を仏壇に村井洋子
亡くなられた方を思う気持は、作者の日常の生活の中に居着いているようだ。亡くなった方がお元気だった頃に庭の柚子を植えたのだろうか。柚子の走りは、まだ雨風のいたずらを受けておらず、とても艶が良い。柚子の明るい色が仏壇を灯している。
気負いのない表現により、優しさの溢れる一句となった。
もくもくと掃く園丁の頰かむり平石敦子
公園や庭園の手入れをする園丁は、そちこちに散らばっている小枝や落葉を隅々まで掃いている。風の吹き荒ぶ中での厳しい仕事であるが、寒さに負けず「もくもくと掃く園丁」である。上五の「もくもくと」のオノマトペは動きがあり、又、園丁の内面の動きまで見えるような感覚を覚える。頰かむりで寒さを凌いでいるその姿に心を寄せた作者である。
頰かむりは汗をかけば、汗拭きにもなる。園丁の仕事にとって使い勝手が良いようだ。
着膨れて一台送るエレベーター岡本利恵子
最近はあらゆる所にエレベーターがあり、とても便利である。冬場になると着膨れているので狭いエレベーターは数人で満杯の状態となる。作者はいち早くこの状況を悟り、見送ることに決めたのだ。この譲り合いの精神が互いを労っているようで心が暖まる。賑やかな街に出て、この様な景を一句に仕上げた作者の句心を学びたい。
今はもうふれる足なき炬燵かな林美沙子
子ども達も家を離れてそれぞれ独立した。家族全員が炬燵に集まっていたあの頃をふっと思い出した。足の触れ合うことのなくなった炬燵の中で、手持無沙汰の足を遊ばせている。普段はこの現実を受け入れているのに、今夜は妙に寂しくなる作者。炬燵は家族の歴史と共にあるようだ。しみじみとした心に残る佳句となった。
柚子の香に一年回顧長湯せり日浦景子
柚子は冬至の日に湯船に浮かべる。年の瀬は慌ただしく一年を回顧する暇も無いので、冬至の柚子湯でゆっくりと一年を解雇しつつ長湯をしている。動き回った今日の疲れを解すかのように柚子の香りが作者を包んでいる。一年を回顧するゆるやかな時間が流れている。
俳句を始めると、このように息抜きをする時間が増える。忙しい中であっても、空を見あげたり、草花の変化を観察したりする等、息抜きを楽しむ時間が増えてくるようだ。
丁寧に青菜を洗ふ真砂女の忌北村峰月
鈴木真砂女は、不倫の恋に落ちた後離婚をし、銀座に「卯波」という小料理屋を開店し、俳句を続けながら女将として働き続けた。作者は真砂女の生き様を知り尽くした上で、真砂女の忌に丁寧に青菜を洗っている。上五の「丁寧に」は、青菜を丁寧に洗うと同時に、真砂女を深く偲んでいることが伝わってくる。
真砂女は「今生のいまが倖せ衣被」「湯豆腐や男の歎ききくことも」等の小料理屋に纏わる俳句を多く詠んでいる。
降る雪や廃線危機の赤電車保坂公一
赤電車とは、雪の多い地域でも目立つように赤く塗装した新潟エリアの電車で、「新潟色」とも呼ばれているが、廃線の危機に晒されているようだ。この危機を危惧し、しっかりと詠いあげた貴重な時事俳句である。弥彦駅等を通過すると雪深い新潟平野が広がってくるが、その中を走る赤い電車の映像が髣髴としてくる。
眉長き小芥子を清め年用意小林隆子
作者にとって小芥子を拭くのも一つの年用意である。飾っている小芥子にゆっくりと話しかけながら、柔らかい布で埃を拭き取っているのであろう。
「清め」というこの措辞に特別なものを感じた。「小芥子を清め」とは小芥子の汚れを取り除くと同時に心の汚れ等を拭い落としているのだろうかと想像を搔き立てられる。小芥子を清めながら、己の心も清める年用意もあることを教えられたようだ。
白鳥来田の一枚の的皪と大胡芳子
大陸から白鳥が長い旅を経て新潟に渡ってきた。まだ、雪の積もっていない田圃は虫などが豊富で、白鳥の群れにとっては危険も無く長旅の疲れを休めるのにも絶好の場所である。白鳥の群れが降り立ち、羽根を広げると田は真っ白に輝くようであった。その様子を「田の一枚の的皪と」と抒情豊かに詠いあげている。
晴れを得て庭木雪吊り急ぎけり成瀬礼子
鶴岡市の昨年の12月の天気を調べてみると、なんと1ケ月間で晴れの日は9日のみで、大方の日が「雪」「曇のち雨」であった。上五の「晴れを得て」の表現が納得できた。雪吊りの作業もこの晴れの日を逃さず急がねばならない。雪国の冬への準備は周到であるようだが、それに立ち向かう力強さも感じられる句である。
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