「耕人集」 2月号 感想 高井美智子
時計合はす巴里の空港寒オリオン三瓶三智子
夜の巴里の空港に降り立ち、時差の調整の為に時計の針を合わせた。巴里の夜空を見上げると寒オリオンが歓迎するかのように輝いていた。花の都巴里に対する好奇心が伝わってくる。日本の寒オリオンも冬の夜空の主役であるが、巴里の夜空で遭遇したオリオンに一層感激を新たにした。
咲き初むるときはやはらか冬薔薇横山澄子
冬薔薇は夏の薔薇に比べると咲く期間が長い。寒い冬を堪え抜く為、自ずと花びらは強く堅くなるが「咲き初むる」時は、やはらかいことに気づいたのである。毎日咲き始めるのを心待ちにしていたことが想像できる。
桐下駄に亡夫の指跡ちちろ鳴く小川爾美子
下駄箱を整理していると亡くなられたご主人の桐の下駄が出てきた。桐下駄の指跡が愛おしく思えてきたのである。静かになった家の方へ、庭先のちちろが話しかけているようだ。ちちろの季語の取り合わせにより味わいの深い句となった。
寛ぎの部屋に居座る隙間風 石橋紀美子
寛ぎの部屋なのだから、さぞかし暖房設備もよろしく快適なはずなのだが、どこからともなく隙間風を感じる。この状態を「居座る隙間風」と断定したことにより、臨場感の溢れる句となった。お住いの長岡の寒さの厳しさが窺え、冬を乗り切る覚悟が感じ取れる。
着ぶくれて動く歩道に身をあづけ高村洋子
動く歩道の素材を使い、俳句に仕上げた実力に脱帽である。着ぶくれると歩くだけでも億劫になるが、動く歩道なら、そのまま何もせず急く必要もない。下五の「身をあづけ」の措辞は、歩く歩道を楽しんでいる様子も伝わってくる。
歩く歩道は日本では昭和45年の日本万国博覧会がはじまりであり、国際空港などでは、荷物が大きく重いのでとても便利である。
春日社に響く鈴の音神還る中谷緒和
春日社は奈良の春日山原始林の神聖な森の中に佇む。千年の時を超え、境内には約3,000基の燈籠が連なる。巫女達が舞の稽古をしているのか、どこからともなく鈴の音が聞こえる。まるで神が還つて来たのを出迎えているようである。神が鈴の音に乗って空から舞い降りてきているような神々しい句となった。
落葉踏む蘆花の足跡尋ねつつ河内正孝
世田谷の芦花公園には、武蔵野の面影を残す林があり落葉が降りしきる。落葉を踏んで奥へ進むと文豪徳富蘆花の藁葺きの旧居がある。この旧居には蘆花がヨーロッパからロシアへ旅をした時の革の鞄や革の足袋などが展示されており、トルストイを訪ねた時の写真も展示されている。中七の「蘆花の足跡」とは、蘆花の生き様の足跡を尋ねたとも思われる。蘆花を偲び写生を超えた抒情味のある句である。
表現技法として、倒置法を使ったことにより余韻を残す効果を生みだしている。
秋惜しむ坊ちやん列車夕汽笛鈴木ルリ子
夏目漱石の小説『坊っちゃん』にちなんだ「坊っちゃん列車」は道後温泉も巡る路面電車である。ごとごとと走りだすと小説『坊っちゃん』のマドンナも乗ってくるのではと思うような夢のあるデザインである。夏目漱石は明治28年、東京から逃げるように高等師範学校を辞職し、愛媛県尋常中学校に英語教師として赴任した。
秋惜しむの季語は、文豪夏目漱石や子規へ思いを馳せているようでもある。
北風にドルメン冥く丘に立つ加藤くるみ
ドルメンとは支石墓(しせきぼ)ともいう。新石器時代から初期金属器時代にかけて、世界各地で見られる巨石墓の一種である。基礎となる支石を数個、埋葬地を囲うように並べ、その上に巨大な天井石を載せる形態をとる。ヨーロッパには数千基のドルメンが現存している。北風が吹く頃の丘は冥く、ドルメンも尚更冥く感じた作者である。
返り花午後の光をこぼさじと牧本千雅
返り花は初冬に咲く。日も短くなり、午後の貴重な太陽の光を「午後の光をこぼさじと」と擬人法を用いて、返り花をクローズアップさせている。儚さを感じさせる返り花が午後の光に命を吹き込んでもらっているようである。
短日の空突き進むモノレール平良幹子
「空突き進むモノレール」の表現の大胆さに共感した。「短日」の季語がモノレールのスピード感と響き合っている。
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