「耕人集」 4月号 感想                          高井美智子 

隅の席ここが落ち着く新年会岩波幸

 作者の人柄が窺える微笑ましい句である。真ん中の席に座るのはどうも落ち着かない作者。それとなく隅の席を確保できてほっとしている。賑やかなこの雰囲気に溶け込み、にこやかな作者が会を和ませており、和気藹藹とした雰囲気の新年会であるようだ。肩の力を抜いた自然体の表現である。

道草の子には見えたる竜の玉日置祥子

 竜の玉はふさふさとした葉の奥に潜んでいるので、見過ごしがちである。学校帰りの道草の子は何かを見つけたり、悪戯をしたくて喜々としている。奥に光っている竜の玉を発見したようだ。もっと奥の方に手を伸ばし、宝石のような竜の玉を見つけるのに夢中になってしまった。道草の子を面白い視点で捉えているユニークな一句である。                                   

武田菱の小さき姫塚仏の座 石川敏子

 武田菱の措辞から、この姫君は武田信玄の四女松姫かと思われる。武田家の滅亡後、八王子に落ち延びた松姫の草庵は現在の信松院であり、八王子市民に今も親しまれている姫の菩提寺である。少し高台にある松姫の墓には武田菱が彫り込まれている。掲句は中七の「小さき姫塚」の見事な措辞により、当時の姫の見知らぬ土地での不安な暮らしぶりまでも思い起されてくる。ひっそりと咲いている「仏の座」の季語とよく響き合っている。選び抜かれた一語一語の表現が見事であり詩情に溢れている。    

大寒や古き柱の軋み泣き古屋美智子

 この光景は寒さの厳しい日本家屋であることが容易に想像できる。古い柱が寒さにより少し引き締まった瞬時を作者の聴覚で感じ取っている見事な一句である。「軋み泣き」の表現は、代々の家を守り抜くという作者の気概が、擬人化の表現へと繋がったと思われる。 

漉き上げて川を眼下の紙干場日浦景子

 作者のお住いの近くの吉野川沿いの国栖で漉かれる和紙は「国栖紙」として知られ、今は宇陀紙(うだがみ)と言われている。各種の工程で大量の水が必要な為、川沿いに小屋が建てられている。楮の皮は寒中の澄み切った水に晒すのが良い紙作りの秘訣であり、大竈で長時間煮込む工程等がある。
 伝統技法を守り、漉き上げた紙を干す日当たりの良い紙干場に現在でも一枚一枚を天日で乾燥している。眼下には川が広がり、川音を聞きながら、漉き上げた紙を干している光景を明るく詠いこんでいる。伝統の紙漉きを守りたいという地元の作者の応援の気持が伝わってくる。

寒暁や瓶の蜂蜜ざらついて酒井杏子

 厳しい寒さの朝、朝食に蜂蜜を使おうと蜂蜜入りの瓶を取り出している。今までは滑らかだった蜂蜜が、今朝はざらついている。寒暁の中、蜂蜜が凝固し始めたようだ。蜂蜜の凝固の度合いで、寒さの厳しさを知ることを覚えた作者である。この微妙なざらつきを捉えて見事に言い表した作者の感性が素晴らしい。 

本間家の庭を照らして雪起し佐々木加代子

 酒田にある本間家は、明和5年に建てられ、庄内藩主酒井家に献上した武家屋敷である。桟瓦葺(さんかわらぶき)平屋書院造りで、武家造りと商家造りが一体となっている建築である。庭の臥竜の松は樹齢400年以上の赤松で「門かぶりの松」とも呼ばれている。
 酒田は最上川の舟運と北前船の寄港地として栄えた湊町で、町を歩けば今も尚、北前船の文化を感じることができる。酒田の歴史とともに歩んできた本間家は築250年以上となる。
 この歴史ある広い庭を「雪起し」の光が照らし出したのである。この一瞬に遭遇した驚きをこの一句に込めたのである。庭に面した長い廊下の硝子窓にも、雪起しが放った激しい雷光と雷鳴が突き刺さったことだろう。

凧上げの浜にころべる児らの声上原求道

 沖縄の浜での凧上げとはなんと雄大な景色であろう。浜を勢いよく駆けだすと砂に足がとられて転ぶ子どもがいた。転んだ時の子供達の騒ぐ様を「浜にころべる児らの声」と言い表したところが秀逸である。広大な海の空へと凧が上がっている景色が髣髴としてくる見事な佳句となった。

朝まだき戦車の如き除雪車来菅原しづ子

 山形の蔵王の麓のスキー宿で、このような除雪車の音で目覚めたことがある。想像をしていた静かな宿と裏腹に、除雪車の騒音に興醒めをしてしまった。しかし、雪国での生活は甘いものではないと直ぐに反省をした。まずは道路を確保しなければならないのだ。
 中七の「戦車の如き」の表現が的確で、けたたましい騒音が村中を叩き起こしているようだ。