「耕人集」 3月号 感想 高井美智子
父逝くやぎらつく星の底冷に加藤くるみ
底冷えの夜にお父さんが亡くなられた。夜空には星が瞬いており、いつもと違って、ぎらついているように見えた。人は刺激的な出来事があると、瞳孔が拡大するのかもしれない。それにより万物が特別な輝きを放って見えるようである。お父さんを亡くした衝撃の強さを「ぎらつく星」という鋭い感性で詠いあげている。
野火止の堰に嵩増す落葉かな川名章子
徳川幕府が開発工事をした野火止用水は、東京都立川市の玉川上水から埼玉県新座市を通り新河岸川へと続く用水路である。玉川庄右衛門・清右衛門兄弟らが請け負ったこの工事は難工事であった。
この歴史ある用水路に思いを馳せながら歩いていると、堰に落葉が降り積もっていた。「嵩増す落葉」の表現により、雑木林をくぐってきた用水路の長さが想像でき、広がりのある句となった。
冬紅葉彫りの薄れし磨崖仏日浦景子
岩の表面に彫り込んだ磨崖仏は、風雨に晒され彫りが薄れた箇所もある。真っ赤な冬紅葉が摩崖仏を照らし出しているかのようである。
なまはげに今泣きし子の薄笑ひ太楽登美子
牡鹿半島に伝わるなまはげの行事は、赤鬼青鬼に扮したなまはげが「泣く子はいねが~」と包丁を振り回して家々を訪れる。大泣きをした子は、笑う大人に安心したのか、やがて大人に同調するかのように笑おうとする。その微妙な子供の笑みを「薄笑ひ」の措辞で下五を強調している。なまはげの不気味さも伝わってくる類をみない表現力に脱帽である。
ゆづり葉を添へて婚家のみやげかな菅原しづ子
ゆづり葉は新しい葉が古い葉と入れ替わるように出てくることから「親が子を育てて家が代々続いていく」ことを連想させる縁起木とされている。このゆづり葉が結婚祝いのみやげに添えられていた。今も残されているゆかしい習わしを大切に詠った句に感動した。
ガジュマルの気根ふるはす冬の鳥宍戸すなを
ガジュマルの気根は、幹や茎から生えてくる根のことである。ガジュマルの大木を飛び回る冬鳥が、気根をふるわしているという南国の旅行先での珍しい嘱目吟である。気根はさらに下へと伸びて大地に到達するが、この生命力には圧倒される。
風花や都電過ぎ行く飛鳥山大塚紀美雄
東京の北区にある飛鳥山は、江戸時代から花見の名所で知られているが、今は都電が行き交う街並みが見下ろせる。風花の舞う中で、歴史の流れを振り返っている。
寒苦鳥癌と休戦して一献菅野哲郎
寒苦鳥はインドの大雪山に棲むと言われる想像上の鳥で、怠けものの譬えになる鳥である。大変な治療を受けながら癌と闘っているが、一時休戦して酒を呑むという俳諧味のある句。
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