「耕人集」 5月号 感想                          高井美智子

抜路地に易者の席と春ともし山下善久

 暖かくなってくると抜け道の路地に易者が出てきた。易者の小さな机の「春ともし」が怪しくひかる。立ち寄りたくなる不思議さを感じさせられる一句である。

蕗の薹気付けば我が子還暦に岡本利惠子

 今年もまた蕗の薹が出る季節が巡ってきた。ふと気付けば我子が還暦になっているのだ。考えてもみなかった年月の流れである。蕗の薹を摘むという静かなひとときを大切にしていることが窺える。

小躍りし参道ぬくる雀の子五味渕淳一

  長い参道で雀の子が遊んでいる。暖かくなってくると雀の動きも変化するが、雀に対する愛情ある観察力で「小躍り」という表現を得ることができた。

合格の夜は好きな物好きなだけ石橋紀美子

  合格の発表があった夜は、全てが終った解放感でいっぱいになる。ソファーに寝転び、スマホで延々とゲームに興じているのであろうか。合格子の今までの頑張りを労う優しいまなざしである。

農日記手に取り眺む雪の畑古屋美智子

  雪深い畑を眺めていると、再生不可能な畑のように見え不安になる。今年は何処にどの苗を植えようかと考えている。連作障害を防ぐため、農日記を見ながら、ひとつの畑にシーズン毎にそれぞれ違う作物を育てる算段をしているのであろうか。農に携わっている作者の貴重な句である。

初蝶のまだゆとりなき翅づかひ森安子

 初蝶は風の力を読み取れず、翅をバタつかせるように飛んでいる。「ゆとりなき翅づかひ」という独自の観察力による一物仕立ての見事な句である。

縁側の一等席に君子蘭佐藤照子

 君子蘭は柔らかい日当たりを好む。日向ぼこをする縁側の最高の席を君子蘭に譲っている。中七の「一等席に」の措辞によって、俳諧味のある句となった。

ひと声を古城へ残し雁帰る結城光吉

 雁が帰る時、リーダーが出発の号令のひと声を仲間にかけるのかもしれない。この声を「古城へ残し」と捉えたことにより、別れのさびしさが一層募ってくる。

道遊の割戸吹き抜く佐渡の雪加藤くるみ

「道遊の割戸」とは、佐渡金銀山の江戸時代の掘り跡である。山がV字に割れたような姿になっており、山頂部の割れ目は幅約30メートル、深さ約74メートルにも達している。山がまつ二つに割れてしまった奇観である。その割れ目を雪が吹き抜けている壮大な佐渡の景である。