古典に学ぶ (90) 日本最高峰の物語文学『源氏物語』世界を繙く
─ 暗転する第二部の物語世界 ─    
                            実川恵子 

 『源氏物語』の作品世界内部における出来事を、主人公(第1部、第2部は光源氏。第3部は薫)の年齢を基準にして時間的に順を追って記したものを「源氏物語年立(げんじものがたりとしだて)」、または「年立(としだて)」と呼ぶ。高校生の時、必携として身近にあったいわゆる「国語便覧」の中にもこの「年立」が表のようにして収載される。記憶にある方も多いと思う。このおかげで、『源氏物語』の展開がおおよそ把握しやすくなっている。
 この「年立」によって、第2部(「若菜上」34から「幻」41帖)を追って行くと、明らかに1部とは異なった世界が見えてくる。
 かつてはひたすら若く美しかった光源氏は、初老の40歳になり、そうとばかりとは言い切れない境涯に入ったことを確認して、物語はスタートしていく。病がちで出家した朱雀院(すざくいん)のたっての望みで、わずか14歳になったばかりの若き内親王、女三宮が、新しい正妻としてやってくるところから物語は始まる。女三宮は、光源氏の兄帝の朱雀院の最愛の娘で、本来ならばこの時代の皇女は「皇女不婚の原則」といって結婚しないのが常であった。しかし、母親はすでに亡く、精神的に未熟なところもあり、独身を通していけるかとても不安な要素を持つ姫君だったのである。
朱雀院自身も病気がちで心配で、例外ではあるが、頼りがいがあり、庇護してもらえるような存在の源氏に話を持ちかけたのである。源氏には既に紫の上という最愛の妻がいる。いまさらこのような幼な妻をもらう必要はない。しかし、内親王という身分と、他家の若者にチャンスを奪われてしまうのが惜しくなり、受けてしまうのである。こうして、女三宮をもらった頃から源氏の人生は狂ってきてしまうのである。物語の進行上、この女君の登場は実に重要であると思われる。
 この後、「年立」は、次のようにある。その注目すべき内容を列記したい。
  柏木、女三宮を垣間見る    (「若菜上」、源氏41歳)
  冷泉帝譲位          (「若菜下」、源氏41~47歳)
  紫の上、出家を望む      (  同  )
  六条院の女楽(おんながく)   (  同  )

  紫の上発病          (  同  )
  柏木、女三宮と密通      (  同  )
  柏木、床に臥す       (  同  )
     …………………………………………………………
  女三宮、薫を出産       (「柏木」、源氏48歳)
  柏木死去           (  同  )
  薫、五十(か)の祝      (  同  )

     …………………………………………………………
  柏木遺愛の笛         (「横笛」、源氏49歳)
  一条御息所死去        (「夕霧」、源氏50歳)
  紫の上死去          (「御法(みのり)」、源氏51歳)

  紫の上を追懐         (「幻」、源氏52歳)
 このように、第2部はこの「年立」からみても、老いていくこと、生きること、病を得ること、死にゆくことという人間の普遍的主題である「生老病死」に迫っていく物語世界が繰り広げられ、第1部とは明らかに異なって暗転する物語として描かれるのである。ここにこそ紫式部の「書く」行為の本意と思い入れがあったものと思われるのである。
 また、第2部は、その特徴として、語り手の視点の変化がある。第1部はすべて源氏中心の視点から物語が進行するが、第2部は源氏以外の人物の視点を散りばめて語られていくのである。