古典に学ぶ (126) 日本最高峰の物語文学『源氏物語』世界を繙く
─「病」と「死」を物語はどう描いたか⑩ 葵上⑥ ─
                           実川恵子 

 葵上亡きあと、源氏と六条御息所が和歌を贈答する場面がある。光源氏が自分のことを、葵上を取り殺した犯人であると疑っているかもしれないと推し量った御息所は、晩秋の哀趣深まる頃、光源氏の思いを知るために洗練の限りを尽くして弔問の手紙を書いた。

 「聞こえぬほどは思し知るらむや。
  人の世をあはれと聞くも露けきにおくるる袖を思ひこそやれ
 ただ今の空に思ひたまへあまりてなむ」とある。
 (「ご無沙汰申しあげていた間のことはお察しくださいますでしょうか。人の世を…人生の無常…女君の亡くなられましたことを悲しくうかがうにつけても涙をさそわれます。ましてや後にお残りになった方の袖はどんなに濡れることかと推しはかっております。ただ今の空の模様ゆえに、私ひとりの胸のうちにこの思いをおさめきれなくなりまして」とある。)

 この手紙を見た源氏は、
 「常よりも優にも書いたまへるかな」と、さすがに置きがたう見たまふものから、つれなの御とぶらひや、と心うし。さりとて、かき絶え音なうきこえざらむもいとほしく、人の御名の朽ちぬべきことを思し乱る。過ぎにし人は、とてもかくても、さるべきことを思し乱る。過ぎにし人は、とてもかくても、さるべきにこそはものしたまひけめ、何にさる事をさださだとけざやかに見聞きけむと悔(くや)しきは、わが御心ながらなほえ思しなほすまじきなめりかし。斎宮の御浄(きよ)まはりもわづらはしくやなど、久しう思ひわづらひたまへど、わざとある御返りなくは情(なさけ)なくやとて、紫のにばめる紙に、「こよなうほど経(へ)はべりにけるを、思ひたまへ怠らずながら、つつましきほどは、さらば思し知るらむとてなむ。

   とまる身もきえしも同じ露の世に心おくらむほどぞはかなき

かつは思し消ちてよかし。御覧ぜずもやとて、これにも」と聞こえたまへり。
 (「いつもにまして優雅にお書きになったものよ」と、さすがに下に置きかねる気持でごらんになるものの、しらじらしいお悔やみよ、といやな感じにもなられる。かといって、ふっつりと便りをさしあげないというのも気の毒であり、あの方の御名をけがすことにもなろう、と思案に迷っておられる。亡くなられたお方は、いずれにせよ、そうしたご運でいらっしゃったのであろうが、なんでああしたことを、しかとあざやかに見もし聞きもしたのだろうと、くやしくお思いになるのは、ご自分の心ながら、やはり御息所への気持をお変えになることがおできになれぬようである。斎宮の御潔斎(けっさい)にも憚りがありはしないか、などと、長い間思いためらっていらっしゃったが、せっかくのお便りにご返事をせぬのも情けを知らぬことになるかも知れないと、鈍にびいろ)がかった紫色の紙に、「この上もなくご無沙汰をいたしましたが、いつも心にかけておりますものの、ご遠慮申すべき間のことは、おわかりくださっておいでかと存じまして。

  とまる身も…後に生きて残る身も、死んだ身も等しくはかない露の世に生きるにすぎないのに、その露の世にこだわり、思いつめるのは、つまらないことです。」)

 御息所は、この源氏の冷ややかで突き放した返事にすべてを悟って身を引く。その後の源氏、御息所それぞれの未練についても物語は筆を尽くして何度も描き出していく。あやにくな関係の中で、相互に相手を思いながらも、その想いを交わすことのできないギャップ、愛のすれ違いを物語は書き続けていくのである。