鑑賞「現代の俳句」 (34) 沖山志朴
ばらばらにゐてみんなゐる大花野中西夕紀〔都市〕
[俳句四季 2023年 11月号より]
吟行の途中の花野での句であろうか。それぞれが、花野のあちらこちらに散らばり、花野の花を愛で、表現する言葉をまさぐり、充実のひとときを過ごしているという景を捉えたもの。ばらばらの行動でありながら、その心はひとつに繋がっているという。「ゐ」のリフレインと、対句的に用いられている「ばらばら」と「みんな」の対照が見事に効いている。
しかし、この句は、視点を変えて読むと、もっと深いものを蔵している句のように思える。それぞれが、その個性を生かしつつ、思い思いに活動している。それでいて、お互いが生き方を尊重し合い、価値を認め合っているというのである。まさに、俳句結社の理念を十七音に仮託したような句だと印象づけられた。読んでいて、不思議に心の内に休まるものを感じる。
秋麗の琵琶湖一望峠茶屋池端幸惠〔ろんど〕
[俳壇 2023年 11月号より]
連作の題は「摺鉢峠」とある。そのあとがきでは、「琵琶湖が一望できる旧中山道の難所のひとつ」と記す。その昔、参勤交代の武士たちが、長い険しい山道を難儀しながら登ってきては、ほっと一息つく心の休まる憩いの峠だったようである。
秋の澄んだ空、眼下に広がる琵琶湖の全景。作者は、古の武士たちの旅の途中の心中を思いやりながら、峠の茶屋からの壮大な景色を堪能する。使用されているかなは「の」一文字だけ。漢詩調の力強い響きの雄大な景を捉えた句である。
迷ふこと戻ることなく枯野ゆく遠藤風琴〔わかば〕
[俳壇 2023年 11月号より]
作者は、俳誌「わかば」の代表。まだスタートして間もない結社である。おそらく、これからの俳句人生における決意を詠った句なのであろう。作者の強い思いがリフレインから伝わってくる。
会員は、様々な期待をもって結社に集まってくる。その結社を運営していくにあたっては、多様な課題が当然生ずる。しかし、それら一つ一つを共に解決しながら、会員の夢が実現するよりよい結社に育て上げてゆくぞ、そんな決意がひしひしと伝わってくる。
戦場を遠くに着膨れしわれら野崎海芋〔澤〕
[俳句 2023年 11月号より]
第69回角川俳句賞受賞作品から。アメリカ生まれの55歳の方の作である。
ウクライナでは、依然としてロシアによる侵攻が続く。先行きの見えない戦争。また、最近では、親を殺されたガザ地区の少年が「何も悪いことはしていないのに・・」と、泣き叫ぶテレビ画面。ハマスの掃討に向けて、空爆や地上作戦を強化するイスラエル軍。多くの一般市民が巻き添えになり、尊い命が次々と失われてゆく現状。果たしてこれでよいのだろうかと自問自答しながら、微塵も行動していない自らを責める。応募作50句の中でも数少ない句またがりの時事俳句である。
遠足子フェリーの船首あらそへる木内縉太〔澤〕
[俳句四季 2023年 11月号より]
「船首あらそへる」という省略の効いた独特な表現。そこから、子供たちのいかにも楽しそうで、そして、無邪気な興味津々の様子が伝わってくる。
子供たちにとっては、めったに乗ることのない客船。新しく広がる景色に興味は尽きない。われ先にと船首へ急ぐ。行き交う船、海から眺める陸上の景観、次々と変わる洋上の世界に歓声を上げずにはいられない。子供たちの姿を生き生きと捉えていて印象的である。
生きてゐる枝の散らかる野分あと加藤かな文〔家〕
[俳句界 2023年 11月号より]
村田沙耶香さんの芥川受賞作『コンビニ人間』の主人公になりきって、俳句を詠むという異色の企画。「わが町の田舎コンビニを詠んだ」と作者は記す。
昨夜の風に煽られて、まだ青々とした木々の小枝が、散乱しているコンビニの駐車場の光景。「生きてゐる枝」が、風の威力を象徴的に描いていて斬新である。「それにしても凄まじい風だったこと、今日のごみの量は中途半端じゃないわ。お店が込み合う前に、奇麗にしておかなくては」と店員の箒はせわしなく動く。
野分晴あひるひらべつたく眠る鈴木総史〔群青〕
[俳句四季 2023年 11月号より]
「ひらべつたく」の措辞が野分の去った安堵感を的確に表現していて新鮮である。家鴨にとっては一睡も出来ない昨夜の嵐であったであろう。しかし、嵐が過ぎ去り平穏が戻ってきた今は、心から安心しきって眠る。
人とて快晴の空の下、ほっとした心持ちに変わりはない。庭の掃除をしてみたり、倒れかかった植木を支え直してみたりと、独り言を言いつつせわしなく動き回る。まるで戦の後の平和が戻った巷の光景を見ているように。
(順不同)
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