コラム「はいかい漫遊漫歩」 松谷富彦
(116)自由律俳人、種田山頭火の戦争俳句
荻原井泉水の主宰俳誌『層雲』に拠り、自由律俳人として名を残した種田山頭火と尾崎放哉。師をともにする2人が生前直接会うことはなかった。
山頭火は1913年(大正2年)に『層雲』3月号に〈 窓に迫る巨船あり河豚鍋の宿 〉が初入選、31歳だった。3年後には同誌俳句選者の一人となる。山頭火より3歳年下の放哉は、一高時代に一高俳句会で一級上の井泉水(当時の俳号は愛桜)と知り合う。『層雲』に放哉名の1句が初めて載ったのは、山頭火に遅れること2年後、30歳のときだった。
放哉は1926年、流転の末に四国小豆島の南郷庵で孤独死、享年41歳。一方の山頭火も行乞漂泊の生活を送ったが、放哉の没後14年を生き、やはり四国松山の一草庵で58年の生涯を閉じた。
本題に入る。1937年(昭和12年)の盧溝橋事件を発端に日中戦争(支那事変)が始まるとともに、国内は総動員、七生報国的な機運が高まっていく。このころ山頭火は九州地方を中心に行乞、句友を訪ねながら句を積み上げていた。
太平洋戦争へと繋がる国内の不穏の情況を行乞の眼で詠んだ句が一代句集『草木塔』に遺されている。同句集の搭載句数は701句。大正14年から死の1年前まで15年間に詠んだ約9千句から自選した中に「銃後」のタイトルと「天われを殺さずして詩を作らしむ/ われ生きて詩を作らむ/われみづからのまことなる詩を」の前詞を付けた25句から8句を紹介する。
日ざかりの千人針の一針づつ (街頭所見)
ふたたびは踏むまい土を踏みしめて征く(同)
ひっそりとして八ツ手花咲く (戦死者の家)
しぐれつつしづかにも六百五十柱 (遺骨を迎ふ)
いさましくもかなしくも白い函 (遺骨を迎へて)
街はおまつりお骨となつて帰られたか (同)
ぽろぽろしたたる汗がましろな函に(遺骨を抱いて帰郷する父親)
足は手は支那に遺してふたたび日本に(戦傷兵士)
(117)忘れられてきた沖縄歳時記
コラム子が作句の際に手元に置いて、日々ページを繰り、使い分けてきた歳時記は9種類。一番古いのは1964年改訂版の水原秋櫻子編『新編歳時記』(大泉書店刊)、次いで5分冊の山本健吉編『最新俳句歳時記』(文芸春秋社刊)、角川学芸出版編『俳句歳時記』、高橋悦男編『俳句月別歳時記』(博友社刊)、監修者に有馬朗人、金子兜太、広瀬直人氏の名が並ぶ『ザ・俳句歳時記』(第三書館刊)…とそれぞれ重宝してきたが、いささか不満があった。
どの歳時記も沖縄には四季がないかのように生活、行事、気象、動植物などの地域季語がほとんど搭載されていない点だ。ときおり書架から抜き出して開く大判の『日本の歳時記』(小学館刊)にさえ、夏を中心とした気象、行事などを1ページにまとめた解説と「沖縄の日」「慰霊の日」など記載は数えるほど。
北は北海道から南の沖縄まで3500キロの日本列島。北海道、東北、関東、北陸、中部、関西、中国、四国、九州の地域季語は、どの歳時記もほぼ抜けなしに載っているのに、沖縄のそれはほとんど無視状態。沖縄には5回訪問した筆者だが、本土のどの地方にも負けないほど豊富な歳時の島に俳人の目が留まらなかったことが解せなかった。
薩摩藩の琉球侵攻、明治政府の琉球処分の流れは、大戦末期に沖縄を悲惨な地上戦の戦場にし、いまなお日本の米軍基地の74%を押し付けている現実。俳句の世界にも沖縄差別があっていいのかと目を向けたら、沖縄の俳人たちが1979年の小熊一人編『沖縄俳句歳時記』(琉球新報社刊)を皮切りに沖縄俳句研究会編・発行『沖縄俳句歳時記』、瀬底月城・沖縄県俳句協会編『沖縄・奄美・南島俳句歳時記』の復刻版が出て、2017年5月には沖縄県現代俳句協会編『沖縄歳時記』(文学の森刊)が刊行されたことを知った。
いま筆者の机上には、この真新しい歳時記が10番目の常用歳時記に加わった。
先行の沖縄歳時記と同様に沖縄地域季語の特集版ではない。筆者がすでに手持ちの歳時記と同じように本土の季語を網羅した上に多彩な沖縄の地域季語が簡潔な解説と沖縄俳人の例句を豊富に収載しているのが特長。
沖縄の一番うれしい季節「うりずん(おれづみ)」(2~4月)、「うりずん南風(〈べー〉うりずんの頃ふくおだやかな順風)」の2季語から引く。
うりずんや波ともならず海ゆれて 正木ゆう子
うりずんの風に語るや健児の碑新城伊佐子
うりずんの夜は三線果つるまで井上綾子
うりずんの風を豊かに結歌(ゆんた)聞く浦 廸子
着弾の穴うりずんの水溜めて筒井慶夏 うりずん南風(べー)海の匂いの男過ぐ金城悦子
毛魚(すく)荒れ(旧暦5、6月の大潮の頃アイゴの稚魚「毛魚」の大群が浅瀬へ押し寄せて来る。このころ海上の波が高く荒れるのをいう。)
毛魚荒れや三線の音漁家より石垣美智
毛魚荒れや石工ひたすら墓碑きざむ宮城長景
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