鑑賞「現代の俳句」 (135) 蟇目良雨
濡れいろの山日のしさる洗ひ鯉三田きえ子[萌]
「萌」2019年6月号
山中のとあるところで洗い鯉を賞味しているうちに日は沈みかかってくる。その日の色は「濡れ色」をしていたという句意。濡れ色とは水に濡れた色またはそのようなつややかな色のこと。しさる(退さる)の表現からゆっくりと移り行く様子が分かる場面を想像すれば山林の隙間を移ろいゆく日のことだろうか。背景に山林のある料理屋での光景と考えて納得できた。山林の杉、檜のみずみずしさが濡れ色を演出した。
望郷の苦さ土筆の卵とぢ屋内修一[天穹]
「天穹」2019年6月号
あえかなる土筆の料理を食べたからといってこれほど強い情念が出せるとは思ってもみなかった。例えば〈約束の寒の土筆を煮てください 茅舎〉は「お願いだから土筆を煮てくださいね」と縋るような心の哀切さが眼目。〈年よりの食の細さよ土筆和 草間時彦〉も老人のはかなさを小さき土筆に託した句である。
掲句は土筆の卵とぢを食べながら望郷の思いに苦しんでいる。土筆そのものが望郷の象徴として作者の心中に生えているからである。子規はつくづくし摘みて帰りぬ煮てや食はんひしほと酢とにひでてや食はん」(土筆を摘んだが煮て食おうか酢醤油に浸して食おうか)と単純な思いしか抱かなかった。
節穴に紙つめてある蚕飼部屋柏原眠雨[きたごち]
「きたごち」2019年5月号
節穴の存在がいかに多くのものを語っているかに留意したい。蚕部屋に戸がある。明り取りの障子の下は板張りになっていて、そこは安い節の多い板が使われている。節はいつの間にか抜けて節穴となり、蚕が抜けられる大きさになっている。その節穴に一つずつ紙が詰められて蚕の脱出を防いでいる。一匹の蚕でも粗末に出来ない生活の厳しさが節穴に詰める紙から思えるのである。
明方の生絹ぐもりや榛の花岡本まち子[馬醉木]
「馬醉木」2019年5月号
榛の花は房状の黄褐色をしているので決して美しい花ではない。ハンノハナというよい響きがこの花の取柄と言える。明方の紗を広げたようなどんよりとした空の色の中に見える榛の花は、紗の中に溶け込んでその存在すら失いそうになっているのだが、これこそが榛の花には相応しいと作者は思っているのである。生絹(すずし)ぐもりの表現が処を得ている。
ざつと見て蝌蚪居らぬこと明らかに岸本尚毅[秀]
「秀」2019年夏号
これも写生の句である。何年も観察しているので今年は蝌蚪がいないことが歴然としていると作者は断定している。日々の観察の努力が言わせた一句。定点観測を繰り返せばこのような心境に達するはずだ。〈春の月ありしところに梅雨の月 素十〉に似ていると思うのは、かつて春の月と共に強い思い出を持つ景色を今、梅雨の月を見てすぐに思い出したのだから素十には相当な思いが込められているはずである。
三々に五々に蕪村のたんぽぽは鈴木しげを[鶴]
「鶴」2019年7月号
蕪村とタンポポの組み合わせとして考えられる場所に蕪村誕生地とされている淀川河畔毛馬村、20代を過ごした結城・下妻の常総地方、それに母親の生地・丹後の与謝地方が挙げられる。しかし掲句は「三々に五々に」と言うフレーズから春の淀川を舞台にした長詩「春風馬堤曲」の中の「たんぽゝ花咲けり三々五々。五々は黄に、三々は白し」を筆頭に挙げなければならないだろう。作者が実際にどこで作ったかは別にして蕪村の世界にあそぶ心の余裕を羨ましく思う。
春霖や庫裡のとぼそに蹴りひとつ桂 信子[銀漢]
「銀漢」2019年7月号
春の長雨に「とぼそ」の動きが鈍ったのだろうか、一蹴りを入れてよく動くようにしたというのが句意。寺の庫裡の戸であるだけに少々乱暴に見えるのだがここは諧謔の範疇に収まるだろう。同時作〈をとこ手を頼み入れ替ふ簾戸調度〉も季節の変わり目に襖などを簾戸に入れ替える力作業を男手に頼る寺の光景が素直に出ている。作者はあの桂信子と同名のため将来混同されないか要らぬ心配をしてみた。
雀色どき雛罌粟は群れてこそ上谷昌憲[沖]
「沖」2019年7月号
雀の羽根の色を連想させるような日暮れどきを「雀色どき」というらしい。雲が厚くかかり幾筋もの雲の切れ間から夕日の色が茶色がかって差し込んで雀の羽根を連想させることを雀色どきというのだろうか。掲句は雛罌粟の鮮やかな色彩がいつまでも暮れ残っているのは群生しているお陰なのだよと雛罌粟に向かって呟いている。群生を好まない作者らしい視点である。
同時作〈更衣しのつく雨となりにけり〉はゆったりと時間の移ろいを楽しむ作者がいて心休まる句。
(順不同・筆者住所 〒112-0001 東京都文京区白山2-1-13)
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