はいかい漫遊漫歩 松谷富彦
(212)「俳句が好きでない、俳人も。」って⁈(上)
〈 三月の甘納豆のうふふふふ 〉〈 たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ 〉を自作俳句の代表句と称する “ねんてん ”、坪内稔典さんが代表の俳句グループ「船団の会」が、平成30年9月1日発行の機関誌「船団」(第118号)で組んだ特集が話題を呼んだ。
特集のタイトルは「俳句が好きでない、俳人も。」、これが「週刊文春」や「週刊新潮」でなく、俳句誌の “人を食った ” テーマの特集予告だったから、自虐?おちょくり?と “業界人 ”の注目を集め、発行されると会員以外からも購入注文が相次いだという。
コラム子も早速購入、内容はいかにと特集ページを開くと、稔典代表を含め19人の古参会員(註:「船団」は会員制)の俳句と俳人へのそれぞれの「思い」がエッセースタイルで並ぶ。まさか「俳句は好きじゃない。俳人も嫌い」と言った身内からの「俳句絶縁宣言」あるいは新「俳句第二芸術論」ではあるまいかと一気に読み進めてみると――。
終戦翌年1946年の岩波書店の雑誌「世界」(11月号)に掲載された桑原武夫の論文「第二芸術―現代俳句について―」が当時の俳壇に激震を走らせ、「第二芸術論争」引き起こしたとき以来、俳句に付き纏ってきた一種の “うさんくささ”に現役の俳人がどう向き合っているか、が特集の狙いと分かった。紙幅の制限から全文を表示できないので、3人のエッセーの中から抜き書きで紹介する。
🔶俳句・俳人への双面的感慨管見 秋山 泰
俳句は、甘くゆるい世界に安住しているような気がしている。その甘さ・ゆるさに、リラックス、セラピーの効果があるのかもしれない。実感として、俳句は酒の肴なのだ。そんな俳句は好きでもあり、嫌いでもある。
好きなのは、お手軽だから。思い付きで作れる。嫌いなのは、誰でも作れて、評価軸が定まっていないところだ。…座の文芸として、いい句とは、みんながいいという句なのか、名評論家がいいという句なのか、よくわからないところだ。
一方、俳人とはなにものなのだろうか?…売り出し中の、夏井いつきなどは、句作の力量はともかく、NHKのお行儀のよい俳句番組などとは違って、番組として面白いと思わせる語りをする。…わかりやすいキーワードを用いた解説・添削は、〈 俳句の伝道師 〉としての役割を、とりあえずは果たしているのではないだろうか。
それに比べ、高浜虚子の俳句家元化計画のシナリオ破綻なのか、現在の「ホトトギス」の俳句力の衰退はなんだろう。お習い事化したお茶やお花とは違い、創造的文芸としての俳句は家元制にすべきではなかったのだ。(次話に続く)
(213)「俳句が好きでない、俳人も。」って⁈(下)
前話に続いて「船団」(第118号)の特集「俳句が好きでない、俳人も。」から抜き書きで紹介する。
🔶何の因果か 木村和也
私は俳句が嫌いである。俳句はだいいち文芸としての器が小さい。世界中見わたしてみてもこんな小さな器は金輪際ない。五七五などというちいさな器に、何が盛れるというのか。…
人間の豊かで複雑な思いを切り捨て、恋情も友情も切り捨て、社会を切り捨て、思想を切り捨て、たわいない幼児の如き片言をつぶやいてみても、何ほどのものを動かすことが出来ようか。…
何の因果で、俳人たちはこんなに小さな器に拘泥するのか。ひょっとして、俳人というのはマゾヒストたちなのではないか。拘束着をつけて法悦に浸っている古代の修行僧のように。ひいき目に言っても、狭い押し入れに窮屈に体を差し入れて不思議な喜びに身を任せる幼児ではないか。…
それならお前もその俳人とやらの一人ではないのかって?馬鹿を言ってはいけない。私はそこでは、いつも俳人の仮面をつけているだけだ。…何の因果か、ときどき仮面と素顔の区別が自分でも分からなくなるのだが。
🔶ネンテンという俳人 坪内稔典
俳句が好きでない。俳人も好きでない。でも、俳句とはほとんどかかわりのない人(自分では句を作らない人など)が俳句や俳人の悪口を言うと、反発したくなる。だから、愛憎相半ばする状態で、俳句や俳人が存在するのだ、私には。…
でも、手軽さは俳句の特色だし、群れるのも句会を原点とする俳句の場の特色だろう。これらの特色を、私は俳句特有のものとして高く評価してきた。もっとも、主宰者をあがめるのは、別に俳句に限った現象ではない。俳人の場合、表ではあがめて、裏ではぺろっと舌を出している感じがする。その二面性は、下品だが大事であろう。生きる上でのしたたかさだから。…
現在、私は肩書として「俳人」を使っている。ツボウチ・ネンテンのような俳人が現代日本にいてもよい、と思うから。…
註:船団の会は坪内さんが1985年に会員制の俳誌「船団」を創刊、2019年の解散まで代表を務めた。坪内さんは解散の理由について「俳句や文学の組織は、年齢を重ねてもメンバーを補充して活動を続けるというのが一般的。そうではない組織のあり方が必要ではないかと考えていくうちに、組織を完結するのが一番いいかなと思うようになりました」(毎日新聞夕刊2019 年9月5日)と言う。同誌参加者には、あざ蓉子、池田澄子、鳥居真里子 、火箱ひろ、ふけとしこなど。
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