はいかい漫遊漫歩   松谷富彦

(218)梅沢富美男の初句集『一人十色』(上)

   人気テレビ番組「プレバト!!」(MBS/TBS系)の初代俳句永世名人の俳優、梅沢富美男さんの表題の初句集『一人十色』(ヨシモトブックス刊)が、2023年4月の初版発売から2か月足らずで4刷となる人気ぶり。句歴30年、40年超のベテラン俳人でも、句集は大方が市販ルートに載らない自費出版という俳句世界では異例も異例の快進撃。

   句集の題名だが、梅沢さんは〈 私は、役者、女形、歌手、コメンテーターなど求めていただくままに一人でたくさんの役を担わせていただいてきました。そして、そこに俳句も加わった。一人でたくさんの色を表現する自身の人生に思いを馳せ、『一人十色』という句集のタイトルとしました。〉と記す。

  永世名人になり句集を出す企画が持ち上がった時、〈 俳句に打ち込んで何十年、あるいは人生をかけて俳句に打ち込んでいるという方がいらっしゃる中で、作句をはじめて十年にも満たない私が句集を出版するなんておこがましい〉と断り続けたが、ある日ちょっと待てよ、と思ったと梅沢さん。

   〈 中学までしか出ていない梅沢富美男が句集を出すということは、もしかしたら俳句の種を蒔くことにつながるかもしれない。夏井いつき先生も俳句の種を蒔くためになんでもする人ですよ。全国津々浦々渡り歩いて、老若男女に俳句の楽しさを伝えている。〉そんなことに気づいて句集出版に応じたと言う。

  句集搭載50句を選句したのはプレバト!!俳句コーナーの先生、“俳句の伝道師”こと夏井いつきさん。コラム子の好みの11句を引く。

ライン引き残してつるべ落としかな

銀盤の弧の凍りゆく明けの星

水やりはシジミ蝶起さぬやうに

紙雛のにぎやか島の駐在所

緑青のカラン石けんネット揺れて夏

春近し鳩居堂二階句帳買ふ

花粉来て獺の祭りのごとちり紙(*1)

給食費払へぬあの日の養花天

春愁をくしやと丸めて可燃ごみ

縫ひ初めの楽屋朝日は母にさす

桜蕊降るハシビロコウ瞬く(*2)

 *1 梅沢富美男の自句自解「うちのマネージャーが花粉症なんですよ。鼻をかんでは、ちり紙がいっぱい置いてあるんです。それを見て、”獺の祭り”をふっと思ったんです。この季語はカワウソが魚をとって岩の上に並べる習性があって、それをご先祖様へのお供え物に見立てたもの。」

  *2 夏井さんは番組放映時〈 桜が散ることを知っていても、蘂も落ちることに気づかない人が多いかもしれません。”桜蘂降る”という小さな波動をキャッチしたハシビロコウという動かない生き物が、一瞬まばたいたのではないか? この気づきが俳句という詩になると分かっている。これはもう俳人ですね!こういう句を見せられると、私の血がきれいになります」と激賞。(続く)

(219)梅沢富美男の初句集『一人十色』(下)

   句集『一人十色』には、夏井いつきさんが秀句と評価した50句の他に「プレバト!!」俳句コーナーで夏井さんによる富美男句の添削例7句が先生の解説付きで紹介されている。紙幅の都合で3句を引く。解説は抜粋。

おひねりや子役の見得に夏芝居(原句)

おひねりの飴よ硬貨よ夏芝居(添削句)

 【解説】役者らしい着眼点で俳句の素材をえらんだのはよいが、もったいないのは中七の「子役の見得に」で、説明になってしまっている。「おひねり」が飛ぶのは、役者が「見得」を切った時ですよね。ならば、「おひねりや」とあれば、「見得」と説明の言葉を入れなくても、読者は十分わかってくれます。「おひねり」の中に入ってるのが、「飴」や「硬貨」。それを書けば、子役へのおひねりではないかと想像できる。「~よ~よ」とすることで、いくつもいくつも投げられていることがわかり、賑やかな歓声まで聞こえてきます。

真珠婚妻の手の染み冬紅葉(原句)

手の染みも愛し紅葉の真珠婚(添削句)

 【解説】まず不要な言葉がありますね。「真珠婚」とあれば、「妻」と書かなくても想像できるはず。「妻」とわざわざ書くとあざとさが出てしまいます。「冬紅葉」は「紅葉」でもいいと思いませんか。「冬紅葉」では、この後、枯れていくだけ……という感じもしてしまう。つまり、「冬」と「妻」を外せばいいのです。語順は「手の染み」からです。手の染みに対して、「迷惑かけたな、わるいことしたしな」と感じ、愛おしさを感じているという思いを込めましょう。

 「紅葉」の赤に対して、「真珠婚」の白のイメージもさりげなく対比できますね。

 やわやわと陽のあくび巻く春キャベツ(原句)

 おひさまのあくびを巻いて春キャベツ(添削句)

 【解説】上五の「やわやわと」というオノマトペが惜しい。これを入れることで、調べが窮屈に。「やわやわ」というオノマトペは、「陽のあくび」と「春キャベツ」の感触を表現したのだと思うが、そもそも「春キャベツ」は柔らかいものだから、あえて「やわやわ」という感触は書かなくていい。

  季語を信じましょう!このオノマトペは音数の無駄使い。「陽」は、柔らかさを出すため「おひさま」と表現してみてはいかが。すると、調べが柔らかくゆったりとして。最後に春キャベツがドンと出てくるという表現ができるのです。

【追記】明治図書出版の中学国語副教材に「プレバト!!」メンバーの俳句搭載決定。銀盤の弧の凍りゆく明けの星(梅澤富美男)/休暇明けアルトのビブラート太し(横尾渉Kis-My-Ft2) /右肩に枯野の冷気7号車(皆藤愛子フリーアナ)