「俳句文法」入門 (1) 
─ 新年の大会に参加して思ったこと ─        大林明彦

 今年度新年俳句大会で池内けい吾氏が文法に触れられた。「寄す波」ではなく「寄する波」にするように、と。終止形に体言(名詞)のつく例はアララギ派の歌人達によく見られる。意味と韻律重視の余り、文法的に破格を用いる例である。詩人は文法に則らず、時にそれを無視して文意と韻律を優先するとはわが大恩師塩田良平先生の言である。
 しかし学校文法、特に受験文法に係わる者にとってはそれは到底許容は出来ない。その一点が人生を左右するからである。そうでなくても、正しい日本語とは何か、美しい日本語とは何か、という観点から見て破格の文法は好ましくはない。美しい正しい日本語を守るのが詩人の使命ではないのか。少し大仰になってしまった。お許しを。いま国語より英語が大事とばかり文科省は英語教師のロボットを作って実験中という。全てアメリカナイズされる風潮の中で、少なくとも日本語の美の一端は守り実践していきたいと私は思っている。