コラム「はいかい漫遊漫歩」  松谷富彦

(106)話題の句集『アウトロー俳句』を知ってますか

 いきなり引く。〈 2011年の新宿コマ劇場解体を契機に本格化した再開発により、街には健全な空気が漂うようになった。それでも奥へ進めば風俗店、キャバクラ、ホストクラブ、ラブホテルなどがひしめき合い、猥雑な雰囲気は相変わらずだ。

 …そんな歌舞伎町のど真ん中。薄暗い路地の奥に「砂の城」というアートサロンがある。体重を乗せるたびに悲鳴をあげる古びた階段を三階まで上がると、八畳ほどのスペースがある。ここで僕らは新宿歌舞伎町俳句一家「屍派」を名乗り、句会を行っている。

 …集まる面々は、ニート、女装家、元ホスト、バーテンダー、ミュージシャン、医者、彫刻家など、市井の句会ではまず見かけない者たちばかりだ。〉

 こんな前書の句集『アウトロー俳句―新宿歌舞伎町俳句一家「屍派」―』(北大路翼編 河出書房新社)が、NHK「ハートネットTV」で取り上げられるなど大きな話題になったのをご存知?

 全108句。こんな句が編者、北大路翼の短い句解付きで並ぶ。

駐車場雪に土下座の跡残る咲良あぽろ

(土下座した頭を踏まれたのだろう。ホスト同士の小競り合いでよく見かける。)

春一番次は裁判所で会はう喪字男

(元嫁とは会いたくないが、子供には会いたい。親権はどちらのものになるのか。)

春の風邪キスしてもうつらない布羽渡

こんなことを言われたらドキドキしちゃう。美人バーテンダーのおねだり。)

太陽にぶん殴られてあつたけえ北大路翼

(朝まで呑んで店の外に出ると本当に殴られた気がする。)

カーネーション父が誰だか分からないゆなな子

(母親だって怪しいものだ。その血を引いてか、やたらと惚れっぽい。)

呼吸器と同じコンセントに聖樹菊池洋勝

(おいおい、お前らは俺の命よりクリスマスが大事なのかよ。病室に流れるクリスマスソングが虚しい。)註:作句者は筋ジストロフィー患者。病床から屍派へ作品を送り続けている。

避妊具は出来損なひの熱帯魚西生ゆかり

(なんでこんな男に抱かれてしまったのだろうか。後悔はしてないけど。)

山盛りの麦飯(ばくしゃり)嬉し立ち作業KAZU

(最近作者を見かけないが、またそちらの世界でお勤めでしょうか。)

 次話で編者の「屍派」家元、北大路翼について書く。(文中敬称略)

(107)ライオンが検査でゐない冬日向 北大路翼

 句集『アウトロー俳句』(河出書房新社)の編者、新宿歌舞伎町俳句一家「屍派」家元、北大路翼について書く。

 プロフィール―1978年、横浜生まれ。小学5年ころ山頭火を知り、自由律俳句を作り始める。横浜高校で担任教諭だった今井聖に出会い有季定型の句に開眼。1996年、今井の「街」創刊で入会。詩誌「ERECTION」参加。週刊誌に成人漫画の原作を執筆。20代半ば、美術家の会田誠、加藤好弘らと出会い、俳人として彼らのパフォーマンスに参加。2009年、若手俳人のアンソロジー『セレクション俳人・新撰21』(邑書林刊)に百句入集する。

 2011年、新宿歌舞伎町で作家、DJの石丸元章と出会い「屍派」を結成。同15年、歌舞伎町を舞台に詠んだ第一句集『天使の涎』(邑書林)を上梓、翌16年に同句集で第7回田中裕明賞を受賞。17年、句集『時の瘡蓋』刊行。

 『新撰21』に「貧困と男根」のタイトルで入集した100句は四季と「女」の5部構成。2句ずつ拾い出してみる。

「春」
告白は嘔吐の如し雪解川

飛花落花解雇通知は紙一枚

「夏」
黴の布団抜け毛一本づつ違ふ

夕立や女に戻るアスリート

「秋」
愛欲や溜めて吐き出す葡萄の皮

指だけで全部脱がされ衣被

「冬」
たましひの寄り来ておでん屋が灯る

ブランコで人生相談冬の月 

「女」
傷林檎君を抱けない夜は死にたし

腿あらはⅩLのTシャツに

  本稿タイトルの〈 ライオンが検査でゐない冬日向 句は、冬の部の1句。詩人、俳人の清水哲男の句評を引く。〈 この作者にしてはいやに古風な詠みぶりにも写る。しかし、やはりこの句はすこぶる現代的なのであった。一言で言えば、それは対象への関心の稀薄性にある。…「検査のため不在」という張り紙を見ても「ああ、そうか」と思っただけなのであり、…暖かい「冬日向」にいられることのほうが、よほどラッキーと思えている。…(この句は)極めて現代的な感受性が働いた結果の産物であり、ここに切り取られている時空間は、昔の俳人ではとても意識できないそれであることだけは間違いないだろう。〉(『増殖する俳句歳時記』より) 同歳時記から〈 傷林檎 〉句に対する三宅やよいの句評も引く。

〈 林檎は愛の象徴でもあるが、掲句の恋愛にほんのりした甘さや優美さはない。あらかじめ損なわれている「傷林檎」に自分の恋愛を託している。恋愛が痛々しさから出発してやがて来る別れを予感しているようで刹那的な言葉が胸にこたえる。〉(文中敬称略)