古典に学ぶ㉞
『伊勢物語』のおもしろさを読む(22)
─ 東国章段の後日段 第百十五段・第百十六段 ─
実川恵子
第十五段で東国章段は終わり、次の第十六段からは都での話となっている。昔男が、東下りの旅から都に帰ったいきさつについて
は何も語られず、初段から続いたストーリー性のある歌物語は突然途切れた形になっている。第十四段には、男が陸奥の女に向かって「京へなむまかる」と言っているので、都に帰る時期が近いことを匂わせているが、次の第十五段では陸奥の国の人妻との恋が描かれているので、「京へなむまかる」と言ったのは、女の粗野な歌の詠み方に落胆した男が、女と別れるための方便として嘘を言ったとよめる。
この第十五段と第十六段との間にある断絶を埋めるかのような章段が、ずっと後にある。
百二十五段からなる『伊勢物語』もそろそろ終わりに近づいた第百十五段と第百十六段がそれである。そこには前後の章段とは全く脈絡がなく、東国陸奥での話が記されている。
まず、第百十五段は次のようにある。
むかし、陸奥の国にて、男女すみけり。男、「みやこへいなむ」といふ。この女、
いとかなしうて、うまのはなむけをだにせむておきのゐて、みやこしまといふ所にて、酒飲ませてよめる。
おきのゐて身を焼くよりも悲しきはみやこしまべの別れなりけり
ここでは、昔男は、陸奥の国でも妻を得て、その女と一緒に住んでいた。「男すみけり」とあるので、通い婚ではなく、女の家に婿入りして同居していたということであろう。
都からやって来て家を持たないので、女の家に身を寄せるしかなかったか、互いに愛情を持ち、暮らしていたと思われる。
ところが、男は「都へ帰ろうと思う」と言い出す。妻は、とても悲しいと思ったが、引き留めることもできないので、せめて餞別の会だけでもしようと思う。「うまのはなむけ」というのは、本来、乗る馬の鼻づらを行く先の方向に向けて、旅立っていく人の安全を祈り前途を祝する儀式だが、後には馬に乗って行く旅に限らず、餞別の宴や贈り物をさすようになった。紀貫之は『土佐日記』で、「船旅なれど、馬のはなむけす」と言って面白がっている。現在でも卒業式や入学式で「はなむけの言葉」などと言われるのは「馬のはなむけ」の名残である。
それで、妻は「おきのゐて、みやこしま」というところで、男に酒を飲ませる。そして次の歌を詠む。
ここはおきのいてですが、そのおき―真っ赤におこった炭火がぴったりくっついて私の身体を焼きこがすよりも悲しいのは、都とこの島辺と間の遠いお別れなのです。
実は、この歌は『古今集』の巻末に記された「墨すみけちうた滅歌」(藤原定家が、家の伝来本において、墨で消されている歌を巻末にまとめて書写した11首の歌)の中にある小野小町の歌である。もともとは巻十・物も のの名な部にあった歌である。『伊勢物語』の作者はこの小町詠を利用して東国章段の1つを創作したものと考えられる。
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