古典に学ぶ㊸ 『伊勢物語』のおもしろさを読む(31)
    ─ 昔男の青春から光源氏の青春へ ─
                                                                      実川恵子

 『伊勢物語』は在原業平をモデルにした主人公昔男の一代記風物語として構成されているが、各章段の配列はゆるやかで、必ずしも時系列に添って話が並んでいるわけではない。しかし、これまで書いてきたように、『伊勢物語』の初段を元服したばかりの昔男が正妻となるべき女性に出会った話と読み、それ以後第十五段までを、后がねの姫君との大恋愛の末に、都を追われて東下りの旅に出、別れてきた恋人や妻のことを思いながらも旅先で現地妻を得たりするという、恋と漂白の物語として読むと、色好みの貴公子昔男の青春の日々を描いた印象的な物語として読者に迫ってくる。
他に、『伊勢物語』の書名の由来とも関連する伊勢斎宮章段のような刺激的な題材を扱った話もあるが、この冒頭の十数段の緊迫した配列が、『伊勢物語』の文学作品としての価値を高からしめる一要素となっていることは間違いないと思われる。

 そのことは、『伊勢物語』が現在のような形にまとめられてから数十年後に書かれた『源氏物語』に、これらの冒頭十五章段の展開が巧みに取り入れられていることからもわかる。改めてそのことを考えてみたい。

 物語の展開をもう一度振り返る。まず第三段から六段にかけて語られる二条后物語は、おおよそ次のようなストーリーである。昔男が大切にされている后がねの姫君に恋をして密会を重ねていると、女の保護者の知るところとなって妨害されるが、女が激しく悲嘆したために黙認される(五段)。しかし、結局女は他に移されて二人は引き離されてしまう(四段)。男はかろうじて女を盗み出して逃げるが、雷雨の中、女を「あばらなる倉」に押し入れて戸口で番をしている間に、女は倉に住む鬼に一口に食われてしまうーというのは虚構で、実は女の兄弟たちに見つけられて取り返されてしまった(六段)。

 この事件がもとで、男は「身をえうなきものに思ひなして、京にはあらじ、あづまの方にすむべき国もとめにとて」といって東下りの旅に出ることになる(九段)。

 この一連の物語に類似するストーリーを『源氏物語』の中に求めると、光源氏と朧月夜の恋物語が重ね合わされることに気づく。

 朧月夜は右大臣の六の君で、甥にあたる東宮(後の朱雀院)への入内が予定されていた姫君である。花宴(はなのえん)の巻で、南殿(なんでん)の桜の宴の後、弘徽殿の細殿で偶然出会い、その後右大臣家の藤の宴で再会した源氏と朧月夜は、密会を重ねることになる。女が尚侍として出仕して朱雀帝の寵愛を受ける身になっても源氏との密会は続く。朱雀帝はそれを知ってもとがめず黙認するのである。朧月夜が瘧病(わらわやみ)で里下がりしている時にも密会するが、激しい雷雨の翌朝、娘を心配してやって来た右大臣に逢瀬の現場を押さえられてしまう。これがもとで源氏は都を追われ、須磨へ退去することになる。

 雷雨の翌朝に女の親族に発見された結果、都にいられなくなるいう設定まで共通していて、まさに朧月夜物語は二条の后物語の焼き直しのようにも思える。紫式部は明らかに『伊勢物語』を下敷きにしているのである。

 さらに言えば、東下りに続く東国章段で、昔男は、武蔵国入間郡三芳野の里に住む女と結婚する(第十段)。現地の人である女の父親は乗り気ではなかったが、母親は藤原氏出身だったので、娘を高貴な人と結婚させたいと思い、昔男を婿がねと決めて、熱心に歌を送り売り込み、男はその気になって結婚した。

 この母親の行動は、須磨に退去した源氏を娘婿にするべく明石に呼んで、熱心に売り込んだ明石の入道と重なる。入道の妻の尼君は娘と源氏との結婚に乗り気ではなかったところも似ていて、ちょうど父母の役割が入れ替わった形になっているところも大変興味深い。