自由時間 (49)  イスラムの基礎知識    山﨑赤秋

 現在、世界宗教といえるのは、キリスト教、イスラム教、仏教である。信者数の推計を見ると次のとおりであるが、正確なことはわからない。
①キリスト教    二二・五億人    三三・四%
②イスラム教    一五・〇億人    二二・二%
③ヒンズー教     九・一億人    一三・五%
④仏   教     三・八億人     五・七% (ブリタニカ年鑑(2009))
 ヒンズー教は、インド、ネパール、バリ島などに限定されているので、世界宗教には分類されていない。
 イスラム教が生まれたのは西暦610年である。この年にムハンマドが初めて神(アッラー)から啓示を受けた。

◆ムハンマド(マホメット)とその召命
 ムハンマドは570年頃誕生。父親はメッカの商人であったが、生まれる前に旅先で死ぬ。母親も六歳の時に死ぬ。祖父に引き取られるが、その祖父も八歳の時に死ぬ。今度は叔父に引き取られる。叔父も隊商貿易の商人で、幼いときからキャラバンに同行させられる。長じて自身も隊商貿易に従事する。
 その頃、メッカに、大金持ちのハディージャという未亡人がいた。隊商貿易のスポンサーであった。ある時、ムハンマドが彼女に雇われて隊商貿易を取り仕切った。その仕事ぶりと人となりに惚れて、ハディージ ャはムハンマドに求婚する。このとき、ハディージャは四〇歳、ムハンマドは二十五歳。
 ムハンマドは悩む。財産目当てと思われるのではないか、婿としてこき使われるんじゃないか。しかし、 ハディージャは本気で愛してくれているらしい。その確信を得て晴れて二人は結婚する。
 それから15年、平凡で裕福な商人として過ごしたが、ムハンマドが四十歳になったころのことである。 不思議な夢や幻影を見たりするようになる。ムハンマ ドには、年に一度はメッカ近郊のヒラー山に登り禁欲的生活をして瞑想するという習わしがあった。ある夜のこと、洞窟で瞑想していると、いきなり金縛りにあったように身体が動かなくなった。超自然的な力で押さえつけられたようだ。そして、「誦め!」という声 が聞こえる。訳が分からず、恐怖のあまり震えながら誦んだのが、最初の神からの啓示である。
 悪霊に取りつかれたのかもしれないと思い、誰にも言わずにいたが、同じような体験を繰り返すので、とうとう妻には打ち明ける。妻は心配になって、いとこに相談すると、昔の預言者も同じような体験をしてい る、と言われる。その話を聞いてムハンマドは、自分は預言者であるということをついに自覚する。ここにムハンマド波乱の後半生が始まる。

◆コーラン(クルアーン)
 コーランはイスラム教の聖典である。およそ23年間にわたって神から預言者ムハンマドに対して下された啓示をそのまままとめたものと位置づけられている。すべて神の言葉そのままという点で、旧約聖書や新約聖書のように著者のいるものとは違う。暗誦して伝えることが重要とされ、美しい音韻からなっている。 成文化されるのは、ムハンマドの死後20年後くらいのことである。
 全百十四章からなり、ボリュームは新約聖書程度である。章の順番は、おおむね新しい啓示から古い啓示 へと遡るように並んでいる。(最初の啓示は第九十六 章にある)
 コーランの次に重要な聖典として、ハディース(伝 承)がある。ムハンマドの言行録である。日常生活の中で語った言葉やその行動についての証言をまとめたものである。主なものが十冊ある。コーランとともに、イスラム法の重要な法源になっている。

◆六信五行
 六信とは、イスラム教徒が信ずべき六つの信条のことである。
 ①神:唯一全能の神、②天使:神の従者で無謬、③ 啓典:神から預言者に啓示された書物(モーセ五書・ 詩篇・福音書・コーラン)、コーランが最後の啓典、 ④預言者:アダム以下二十八人の預言者、ムハンマドが最後の預言者、⑤来世:終末の日から永遠に続く来世、⑥定命:神によって定められた運命。
 五行とは、イスラム教徒に課せられた五つの義務である。
 ①信仰告白:「アッラー以外に神はない。ムハンマドは神の使徒である」とアラビア語で証言、②礼拝: 一日五回、定時に一定の所作、③喜捨:その年の余剰財産の一定割合を献納、④断食:ラマダーン月の日中の断食、⑤巡礼:可能であれば、一生に一度はメッカに巡礼。

 最後に、イスラム教徒ならば誰でも暗誦できる、コーランのエッセンス、第一章「開扉」を記す。
「讃えあれ、アッラー、万世の主、慈悲深く慈愛あまねき御神、審きの日の主宰者。汝をこそ我らはあがめまつる、汝にこそ救いを求めまつる。願わくば我らを導いて正しき道を辿らしめ給え、汝の御怒りを蒙る人々や、踏みまよう人々の道ではなく、汝の嘉し給う人々の道を歩ましめ給え。」(井筒俊彦訳)