自由時間 (51) 露伴の俳話 山﨑赤秋
幸田露伴(1867~1947)は、小説『露団々』『風流仏』『五重塔』『連環記』や史伝『運命』そして『芭蕉七部集評釈』などで知られる文豪で、第一回文化勲章の受賞者である。幸田露伴
露伴は、二十八歳で結婚し二女一男に恵まれるが、結婚十五年で妻に先立たれ、その二年後には長女を亡くす。その年再婚するが、十四年後、長男を肺結核で亡くす(幸田文の小説『おとうと』参照)。その二年後、次女・文が結婚したので、家に残ったのは夫婦のみ。その妻とも、病気療養と不仲のため五年後には別居。露伴は独りぼっちの六十六歳。その五年後、文は離婚して娘を連れて戻ってくる。
そういう露伴を慰めようと、親戚の者が小石川の家に集まって、彼からいろいろ教わることを習慣にするようになる。やさしい親戚だ。それにこたえて、露伴はまず周易(易経に記された占術)の講義を行い、次いで、書道とその稽古を行う。そして、昭和15年(1940)12月に俳諧の講義と実作が始まる。これは、約二年間、二十七回にわたって続いた。生徒は老若男女十二、三名。時には五人ということもあったらしい(もったいない)。
その生徒の中に、露伴の甥・高木卓(本名・安藤煕、のち東大教授(独文)・小説家)がいた。俳句については余り優秀な生徒ではなかったようだが、この俳諧の講義を、断片的にではあるが臨場感を持って記録して上梓した。それが『露伴の俳話』(講談社学術文庫、1990年。絶版)である。
その中から、面白くてためになる露伴の言葉を抜き書きする。
◇それじゃあ、エエこれは誰でも知っているが、『朝顔につるべとられてもらひ水』これに採点するんだな。そう、これァ作りものだから、零点でも仕方がない。この句に、なるほどなどと感心してはいかん、こういうのは、だまかす手で、手妻の句だ。技巧でなく、まあ虚偽だ。
(正岡子規も『俳諧大要』で「この句は人口に膾炙する句なれども俗気多くして俳句とはいふべからず」と述べている)
◇もし自分と同じような句を誰かがよんだら、そういうのはいわば類想だからその場合は自分の着想が至らないことを思わなきゃいけない。
(ひとのやれないことをやれ。句を作るときに歳時記の例句を参照するのは、例句と同じような句を作るためではなく、例句とは違う句を作るため)
◇調子というものもたいせつだ。いったい詩歌は、理るのではなく調べるものだ。琴のしらべの、あのしらべるのだ。
(芭蕉曰く「句調はずんば舌頭に千転せよ」)
◇〈願わしからざる言葉〉つまり俊成のいう〈庶機すべからざる言葉〉は、用いちゃァいけねえ。わるくはないが決してよくはない、そういう言葉だ。芭蕉は俗談平語を主張したが、そこには俗談平語をただすようにという含みがあることを忘れないことだ。
(俗談平語とは、詩的な言葉に磨き上げられた普段使いの言葉のこと)
◇ともかく俳句は古人の句を数多くよめばしだいにうまくなる。よんでもわからねえ句は致しかたないとして『ああうまい』と思ったらそれを書きぬき、その書きぬいた句がすこしずつ千句もたまっていけばおのずとうまくなる。
(これはじつに効果的な上達法)
◇いったい前書きが要るような句はなるべく避けたほうがよく、ことに大勢いるとき自分だけ前書きをつけるなあ感心しねえ。
◇点者は元来抜きながら誰の句かなんぞと思っちゃあいけねえ。そういう思いはすぐ打ち消さなきゃァほんとの点者にゃァなれねえ。
◇俳諧はちょっとでも前の句のことをくりかえしてよむんじゃァ腕があがらねえ。そういうのを〈輪廻〉という。これは絶対に避けるべきで、りんねに迷うんじゃァいけねえ。
(自己類想に陥らないように日々是新しく)
◇句は〈こころ〉がだいじで、人情の句、自然の句、両者のまざった句、というふうに分けられても、人情ならばまことが、自然ならば景色のいいのが、何よりも詩歌のこころにそうのだ。清水浜臣も『言の葉のしげらんのみは甲斐もあらじこころのたねを花になさずば』といっている。言葉ばかり費やしてもしようがない。こころがおもしろくなけりゃァならないのだ。
◇それから〈とりはやし〉がたいせつだ。うまく配って表現するのだ。刺身も並べかたがたいせつなように、言葉のくばりも、言葉どおし、また内容とも、つりあいがよくとれていることが肝心だ。
◇いや、前句と兄弟みてえな句はいけねえ、他人を持ってこなけりゃァ夫婦にァなれねえ。…だが赤道の上に立ちながら南極のことを云いだすなんざあいけねえ。
(これは俳諧連歌の付け句に関する注意だが、兼題で句を作るときにも応用できる。兼題を聞いてまず思い浮かべることは季語の説明だったり、誰もが連想することだったりすることが多いのでそれは捨てる方が無難。その先が工夫のしどころ)
その他にも色々あるが、紙数が尽きてしまった。一読をお勧めするが、残念ながら古本でしか手に入らない。あとは図書館にあればいいが。
- 2024年11月●通巻544号
- 2024年10月●通巻543号
- 2024年9月●通巻542号
- 2024年8月●通巻541号
- 2024年7月●通巻540号
- 2024年6月●通巻539号
- 2024年5月●通巻538号
- 2024年4月●通巻537号
- 2024年3月●通巻536号
- 2024年2月●通巻535号
- 2024年1月●通巻534号
- 2023年12月●通巻533号
- 2023年11月●通巻532号
- 2023年10月●通巻531号
- 2023年9月●通巻530号
- 2023年8月●通巻529号
- 2023年7月●通巻528号
- 2023年6月●通巻527号
- 2023年5月●通巻526号
- 2023年4月●通巻525号
- 2023年3月●通巻524号
- 2023年2月●通巻523号
- 2023年1月●通巻522号
- 2022年12月●通巻521号