自由時間 (60) 中欧紀行 ① 山﨑赤秋
3月末から4月上旬にオーストリア・ハンガリーを旅した。昨年9月にポーランド航空がヨーロッパ往復航空券の大セールをしていて、最安のウィーン往復が26,900円~というのでついつい衝動買いをしてしまったのである。その他に空港諸税、燃料サーチャージなどが加わるので実際にはその倍を支払うことになるがそれでも格安だ。というわけで今回の旅となった。
何年か前のJALカードのCMに「本当の旅の発見は、新しい景色を見ることではなく、新しい視点を持つことにある。 ~マルセル・プルースト」という気の利いたコピーがあった。これは、プルーストの『失われた時を求めて』の中の次の1節を基にしている。「ただ一つの本当の旅行、若返りの泉に浴する唯一の方法、それは新たな風景を求めに行くことではなく、別な目を持つこと、一人の他人、いや百人の他人の目で宇宙を眺めること、彼ら各人の眺める百の世界、彼ら自身である百の世界を眺めることであろう」(鈴木道彦訳)
名所旧跡や世界遺産を観て感動する。それはそれで意味のあることだが、それだけではなく、世界には多様な文化・風俗があること、世界にはいろいろな価値観を持つ人がいることを、身を持って体験する。そうしてわが内なる世界が広がる。
成田空港へ向かう車窓からは、満開の桜が見える。隣に座っていた超肥満の外国人女性が、「ラヴリー!」を連発している。いよいよ出発。飛行機に搭乗して先ずすることは時計を目的地の時刻に合わせることだ。時差は7時間。いま朝だが向こうは深夜。そのつもりになって体を調整する。そうすると時差ボケにはならない。
ワルシャワで乗り継いで、ウィーンに着いたのは夕方(日本語ではウィーンと発音するが、ドイツ語ではヴィーン、英語ではヴィエナと発音する。Vの発音が難しいからそうなったのだろうか)。都心までは列車で16分と近い。車窓に広がる景色は裸木ばかり。春未至。
ところで、ヨーロッパの公共交通機関には改札口のないところが多い。鉄道の場合は、切符を持ってそのまま乗ればいい(ホームには出入り自由。入場券なんてものはない)。地下鉄・路面電車・バスの場合は、乗り場にある小さな機械で切符(共通券のことが多い)を切ってから乗る。それをしていないと無賃乗車になる。その罰金は100ユーロ(13,000円)にもなる。検札は不意打ちだ。車内を回ってきたり、出口で待ち構えていたりする。必ず有効な乗車券を持とう。
乗車券は窓口でも買えるが、券売機で買うのが簡単だ。見ると、カードリーダーも付いている。数百円の切符でも、クレジットカードやデビットカードで買っている。どんな店でも博物館や美術館でも小さなカードリーダーが置いてあって、カードを差し込んで暗証番号を打ち込みOKボタンを押せば支払いが済む。現金を出す人は少ない。先ごろのピョンチャン・オリンピックを観に行った人が、韓国では少額でもほとんどの人がカードで支払っていると驚いていたが、韓国はキャッシュレス化が一番進んでいる国だ。欧米・韓国・中国に比べて、日本のキャッシュレス化が立ち遅れているのは確かだ。日本を訪れる外国人観光客は増勢の一途をたどっているが、中には不便を感じている人もいるにちがいない。
もう一つ、日本の立ち遅れを痛切に感じたこと。ウィーンからハンガリーの首都ブダペストに列車で移動したときのことである。車窓にはのどかな田園風景が広がる。そこに突然現れたのは風力発電機。なんと数十分にわたってずっと立ち並んでいたのである。日本ではちょっと見られない光景だ。
2015年12月にパリで開催されたCOP21(第21回気候変動に関する国際連合枠組み条約締約国会議)で採択されたパリ協定は画期的なもので、地球温暖化対策にすべての国が参加し、世界の平均気温の上昇を産業革命前の摂氏2度未満に抑え、21世紀後半には温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目標とするというものである。遅くとも80年後には石炭・石油・天然ガスという化石燃料はもう燃やさないようにするということである。
それに向かって世界は急速に動き出している。発電電力量に占める、風力・太陽光などのいわゆる再生可能エネルギーによる割合が、発電コストの大幅な低減もあって、大幅に増加している。特にヨーロッパでは増勢が顕著だ。2015年で見ると、その割合はドイツ28%、スペイン25%、イギリス24%、イタリア24%である。日本はというと、6%でしかない。気候条件や地理的条件に恵まれていないからかもしれないが、立ち遅れが著しい。ガンバレ日本!
日本の立ち遅れを指摘するのもいいが、それでは気が滅入るばかりであるから、日本がダントツの普及率を誇るものを紹介する。それは、ウォシュレットである。一般家庭での普及率は80%に達する。商業施設やオフィスビルなどでもほとんどが設置されている。しかし、今回の旅行では一つも見なかった。そもそもヨーロッパには導入されていないようだ。ヨーロッパだけではなく海外には全くと言っていいくらいないようだ。なぜ普及しないのかしら(中国人観光客がお土産に買って帰るという話は聞くが)。
ついでながら、ヨーロッパでは駅のトイレや公衆便所は有料であることが多い。小銭を忘れずに。
次回から引き続き、今回の旅行で見聞したことを中心に稿を進める予定である。
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