自由時間 (82) 酸素の話 山﨑赤秋
われわれは生まれたときから、特に意識をすることなく自然に呼吸をしている。意識するのは、緊張をほぐすときにする深呼吸くらい。休むことなく、眠っていても、酸素を吸って二酸化炭素を吐きだしている。1分間に16回、1日に23,000回。
その酸素は何から生まれているのだろうか。
光合成である。光合成色素を持つ植物は光エネルギーを使って水と空気中の二酸化炭素から炭水化物を合成している。その副産物として酸素が生じる。
緑あるところ酸素ありというわけだ。地球で緑が広範囲に広がっているのは熱帯雨林であるが、その最大のものはアマゾンの熱帯雨林である。面積は550万平方キロ、日本の国土の15倍だ。その1本の木から人間2人が消費する酸素が生まれる。アマゾン全体では、全人類の消費量の20倍の酸素が生み出されている。
しかし、その酸素をわれわれが吸っているわけではない。熱帯雨林は生物の宝庫で膨大な数の生物がいる。その生物がすべての酸素を使ってしまうのだ。プラマイゼロだ。では、人間の吸う酸素はどこから生まれるのだろうか。
アフリカ大陸の北部に南極を除けば世界最大のサハラ砂漠がある。サハラ砂漠では日常的に砂嵐が起こっている。乾季(12月~2月)には、その砂塵が季節風に乗って大西洋を横断し、アマゾンにまでやってくる。砂塵には植物の成長に不可欠なリンが豊富に含まれている。つまり、サハラの砂がアマゾンの熱帯雨林の成長に一役買っているのである。
大きく育ったアマゾンの木々は、地面から水を吸い上げる。強い日を浴び、風に吹かれて、うっそうと茂った木々の葉から盛んに水蒸気を蒸発させる。水蒸気は空へ上昇し、集まってやがて雲となる。雲はアマゾン盆地を覆い、西へ流れる。その先には標高6,000メートルを超える山々が8,000キロにわたって連なるアンデス山脈がある。アンデス山脈にぶつかった雲は凝縮して雨になり、山を下り、川になる。水は岩を削り、ミネラル分を運び、アマゾン川に合流する。やがて海に出て、ミネラルは世界中に広まる。
そのミネラルの1つ、二酸化ケイ素で殻を作り、増殖するのが珪藻である。珪藻は世界中の海や川や湖に生育しているが、毛髪の太さの4分の1くらいの大きさで肉眼では見えない。その群れに囲まれて泳いでも気が付かない。川べりの石のヌメリや水槽のガラスにつく茶色や緑色の汚れで珪藻を感じることはできる。宇宙ステーションから海を見ると、ときに数百キロの幅で青や緑に光るところがあるそうだ。それは珪藻の大群なのだ。
殻を作った珪藻は大増殖する。1日で2倍に増える。そして、光合成を始め、酸素が生まれる。それこそわれわれが吸っている酸素なのだ。アマゾンは、酸素を供給するから重要なのではなく、酸素を生む珪藻の増殖に必要なミネラルを供給するから重要なのである。
珪藻を増殖させる養分は、アマゾンから流れてくるだけではない。氷河もその一大供給源だ。
世界最大の島・グリーンランド(デンマーク自治領)は、その80%が氷雪に覆われている。その氷河は、時が来て突然崩落する。岩を道連れに、何千トンもの氷が海に落ちる。岩には珪藻の養分が含まれている。その大量の養分を吸収して珪藻は爆発的に増える。養分が尽きると、珪藻の大半は死ぬ(枯れる)。
その死骸(殻)は、マリンスノーとなって沈んでゆき、海底に積み重なり、厚さ1キロほどの層になる。これは1億年以上も前から繰り返されてきたことだ。その後、海底が隆起し、海面が下がった結果、海底は砂漠となった。サハラ砂漠もこうしてできた。
そしていま、砂嵐が起こると、その砂塵は大西洋を越えてアマゾンにまでやってくる。その砂塵に含まれているのは、大昔の珪藻の殻である。それを肥やしに、アマゾンの熱帯雨林は育つ。こういう時空を超えた大きなつながりが地球にはあるのである。
地表付近の大気の成分は、窒素が78.08%、酸素が20.95%、アルゴンが0.93%、二酸化炭素が0.03%である。この数字は何百年も変わっていない。
18世紀にはじまった産業革命以後、化石燃料の消費量が、地球温暖化をもたらすほど著しく増えているにもかかわらず、である。世界人口も1800年ごろは10億人程度だったのが、いまは75億人に増えているにもかかわらず、である。
地球のどういうシステムが、この大気の構成比を維持するように働いているのかは謎である。何かがプラスになれば、何かがマイナスになっているのだろうが、そこのところはよくわかっていない。
もっとも、地球誕生の時からこの構成比だったわけではない。地球が生まれたのは46億年前であるが、その前半生には酸素はほとんどなかった。酸素が増え始めたのは、23億年くらい前のことである。藍藻(シアノバクテリア)や植物プランクトンのような生物が出現したからだ。それにより酸素の濃度が上昇し、20%になったのは、5〜6億年前のことである。
この比率が、今後も維持されるかどうかはわからない。酸素が増えるかもしれないし、減るかもしれない。いずれにしても、人類にとっては生死を左右する問題になるかもしれない。しかし、地球は偉大である。人知を超えたシステムを総動員して、絶妙にバランスを保ってくれるに違いない。
- 2024年11月●通巻544号
- 2024年10月●通巻543号
- 2024年9月●通巻542号
- 2024年8月●通巻541号
- 2024年7月●通巻540号
- 2024年6月●通巻539号
- 2024年5月●通巻538号
- 2024年4月●通巻537号
- 2024年3月●通巻536号
- 2024年2月●通巻535号
- 2024年1月●通巻534号
- 2023年12月●通巻533号
- 2023年11月●通巻532号
- 2023年10月●通巻531号
- 2023年9月●通巻530号
- 2023年8月●通巻529号
- 2023年7月●通巻528号
- 2023年6月●通巻527号
- 2023年5月●通巻526号
- 2023年4月●通巻525号
- 2023年3月●通巻524号
- 2023年2月●通巻523号
- 2023年1月●通巻522号
- 2022年12月●通巻521号