自由時間 (94) シロクマ 山﨑赤秋
来たる7月10日から、京都市京セラ美術館で、フランソワ・ポンポン展が開催される。(京都市京セラ美術館というのは、今までの京都市美術館のこと。再整備事業費を調達するため、京セラとネーミング・ライツ(施設命名権)契約を50年、50億円で締結したため、今後50年間はこの名称で呼ばれることになる)
フランソワ・ポンポンとはフランスの彫刻家である。ロダンの助手を務めたこともある彼は、動物彫刻家として有名だ。その代表作は名作の誉れの高い「シロクマ」である。パリのオルセー美術館に展示されているが、実物大のように見える白い大理石のシロクマは、なめらかな曲線に包まれ、愛らしく、凛々しく、一目で虜になるような彫刻だ。
本人もこの作品が気に入ったと見え、三つもミニチュア版を制作している。それぞれ、NYのメトロポリタン美術館、彼の出身地であるブルゴーニュにあるディジョン美術館、そして群馬県立館林美術館にある。(館林美術館はポンポンの作品のコレクションで有名。上の展覧会に出品される、シロクマをはじめとする作品の多くはこの美術館の所蔵品)
ディジョンの中心部にあるダルシー庭園には、フランソワ・ポンポンの記念碑があって、オルセー美術館のシロクマのレプリカが置いてある。子供たちがその背中に乗って遊んでいる。オルセー美術館ではできないことだ。
彫刻や写真で見ると、シロクマ=北極熊は愛らしく見えるが、北極圏では食物連鎖の頂点に立つ、どう猛な動物である。(藻→珪藻→プランクトン→タラ→アザラシ→ホッキョクグマ)その北極熊がいま危機に瀕している。絶滅危惧種には分類されていないが、その手前まで来ている。地球温暖化が大きな原因である。
北極熊はその名の通り北極圏に生息する。北極圏の大部分は海、北極海である。つまり、北極熊は海を棲み処としているのである。といっても海水の中ではなく海氷の上である。海氷がないと生きていけないので、北極熊は、クジラ、イルカ、ジュゴン、マナティー、アシカ、アザラシ、ラッコなどと同じ海洋哺乳類に分類されている。
北極熊が食べるのはアザラシである。アザラシが呼吸をするために首を出したところをつかまえたり、海氷の上で休んでいるところを襲ったりする。つまり、海氷の縁辺部が狩場である。
海氷は当然のことながら、冬に広くなり、夏に小さくなる。3月に最大となり、9月に最小となる。この最大値と最小値とはどれだけ違うかというと、およそ4分の1である。この最大値と最小値は年々小さくなっている。特に最小値の減少幅が大きい。1979年の統計開始以来、最小値は北海道と同じくらいの面積が毎年減少している。このままいけば、4~50年後には9月の北極には海氷がなくなるという計算になる。大変なことだ。(ちなみに現在の最小値は日本の面積の10倍、最大値は41倍である)
海氷が縮小すれば、欲深な投資家や企業が北極圏の開発に乗り出し、油田開発、航路開設、観光振興などが活発になり、環境汚染が進み、北極熊にとっては気候変動がもたらす脅威とは別の新たな脅威となる。
北極熊はタフな動物で、食いだめができ、6ヶ月以上の絶食にも耐えられるそうだが、さすがに海氷がなくなればどうしようもないだろう。アザラシをとることができなくなれば、飢え死にするしかないのではないか。そういう最悪のシナリオを想定せざるを得ない段階に来ているということである。
いま、北極熊が何頭いるのか、正確なところはわかっていない。海氷や荒れ果てた土地に広がって生息しており、数えるのがとても難しいからだ。が、一応、北極海をとりまく、アラスカ(米国)、カナダ、グリーンランド(デンマーク)、ノルウェー、ロシアが推定したところによると、約25000頭である。
北極熊が2100年まで生き延びることは難しいだろうというのが専門家の一般的な意見であるが、もう一つの可能性を指摘する専門家もいる。
それは、南下した北極熊と、北上してきた灰色熊(ヒグマの亜種でグリズリーという名で知られる)が交わることである。進化論的に言えば、北極熊と灰色熊は約15万年前に共通の祖先から枝分かれした、極めて近しい関係にあり、交配して子孫を残すことが可能であることが分かっている。すでに野生ではその交雑種が確認されていてハイブリッドと呼ばれている。そのハイブリッドは、体毛は北極熊のように白いが、盛り上がった肩と土を掘るための湾曲した長い爪など灰色熊の特徴を強く受け継いでいるらしい。
北極熊も灰色熊も、今では絶滅が心配されているが、交配することによって、泳いで走れる水陸両用の気候変動にも強いクマに生まれ変わることができるかもしれない。(そんなことはないか)
ところで、北極熊の体毛は何色をしているか。シロクマというくらいだから白だろう。いいえ、透明で中が空洞になっている。透明な細いストローのような感じ。そのため、光が散乱して白く見えるのだ。皮膚は黒色で、体毛が透明だから太陽の光が直接皮膚に届きすぐ吸収され、皮下脂肪に熱が蓄積される。体毛の中の空洞も温められ、冷たい外気を遮断する。実に寒冷地仕様の優れた仕組みになっているのだ。
- 2024年10月●通巻543号
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