自由時間 35 アンコール
山﨑赤秋
廃墟が好きである。家の近くに米軍府中基地の跡地がある(旧陸軍燃料廠)。その3分の2は開発されているが、3分の1は手つかずで、米軍基地時代の建物が荒れ果てて残っている。割れたガラス窓、壊れたドア、崩れた屋根、それらを覆うように蔦がはびこっている。赤錆びた巨大なパラボラアンテナが二基、北北東をにらんでいる。米軍が横田基地に移転してから40年、木々はうっそうと茂り、原生林のごとくである。15.5ヘクタールの敷地は金網に囲まれていて立入禁止になっているが、外周をめぐって金網越しに廃屋を間近に見ることができる。かつては、陽気なヤンキーの笑い声が満ちていたかと思うと、GHQによる占領統治以後の戦後復興
史がフラッシュバックのように思い浮かぶ。
旅行で訪れるのも廃墟が多い。マチュピチュ、フォロロマーノ、ポンペイ、アウシュビッツ、アルル、アユタヤ、アンコールなど。
そうした廃墟に足を踏み入れると、凝縮した時の流れを感じ、何とも言えぬ無常観を味わうことができる。
世界遺産で行って良かったところは、というアンケートを採ると、アンコールとマチュピチュが常に1、2位を争い、他を寄せつけない。どちらも廃墟である。
アンコールは、東南アジアで最も重要で広大な遺跡だ。面積は密林を含めて400平方キロに及び、数多の石造寺院が点在している。
その中で最も有名なものはアンコール・ワットで、カンボジアの国旗にも描かれている。
3つの回廊と祠堂からなり、壁面には無数の彫刻が施されている。微笑む女神の群像は圧巻である。
アンコール・ワットの北にアンコール・トムという城塞都市遺跡があり、その中に、バイヨンという寺院跡がある。50近い塔の4面に2メートル前後の人面が彫られていて異様な迫力に圧倒される。三島由紀夫の戯曲に『癩王のテラス』というのがあるが、そのテラスもアンコール・トムの中にある。三島はそこにある癩王の彫像を見たとき、同戯曲の構想がたちまち成ったという。天才は違う。
あと見るべきは、先ず、タ・プローム。テトラメレスという大木の根が廃墟に蛸の足のように絡みついているさまが凄まじい。もう1つはベンメリア。まさに廃墟。荒れ放題で危険なため通路が設けてある。入場すると、足を引きずったお婆さんが頼みもしないのに案内してくれた。片言の英語が話せる。
出口でチップを渡すと、指先で左脚をたたいた。
乾いた音がした。義足だった。地雷を踏んだのだという。
アンコールには、クメール王朝の首都があった。9世紀から13世紀にかけて歴代の王が競うように寺院を建立した。15世紀、外敵の侵入を受けて首都は放棄され、アンコールは廃墟となった。
首都だったころ、アンコールの人口は100万人を超え、世界最大の都市だった。その栄華は、高度な水利システムと米の4期作、そして海のシルクロードを通じての交易がもたらしたものだった。
アンコールが廃墟となってから、カンボジアは暗黒時代を迎える。最近では、ポル・ポト政権下での大量虐殺が記憶に新しい。4年間で170万人が殺された。
カンボジアは今も貧しい国だ。貧しさのあまり、母親が娘を売春宿に売り飛ばすという事件が後を絶たない。こんなことがあった。
アンコールの南に、トンレサップ湖という東南アジア最大の湖がある。120万人が暮らすという水上村を見に行ったときのこと。こちらの船に小舟が近づいてきた。母子のようだ。少女の首にはニシキヘビが。写真を撮らせて撮影料をもらおうというわけだ。やりきれない思いで胸がいっぱいになった。
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