鑑賞「現代の俳句」 (123) 蟇目良雨
ガスの火を青く育てて康成忌 嶋田麻紀[麻]
「麻」2018年5月号
川端康成の忌日は4月16日。「雪国」「伊豆の踊子」「山の音」など国民に親しまれた小説を書いた日本を代表するノーベル賞作家であったがマンションの自室でガス管を銜えて自殺した。72歳だった。
今ではガス器具は十分な安全装置が施され便利かつ安全に利用することが出来るが、かつてはガスを完全燃焼させるために口元の空気弁を開閉して青色の炎が出るように調節した。掲句のように青く育てることが大切だったのである。そんな時代に川端康成はガスを青く育てることを放棄し生のガスをそのまま吸ってしまったのである。
葉桜や一滴を待つ試験管柴田佐知子[空]
「俳壇」2018年6月号
最近、リケ女という言葉が出来た。理科系の女子ということである。因みにドボ女とは土木系の女子という。女性がさまざまな分野に進出することは大いに結構であるが、フェミニストの私としては辛い仕事は男に任せてくださいと言いたいのだが、こういう言い方をすると叱られてしまう世になった。さて、掲句であるが試験管の中の溶液に今何かの試薬が注がれようとしているところ。頃は葉桜の季節。新学期や入社後間もなくの頃の実験室の光景か。私も理科系であったが、こんな光景を一句に出来るという俳句の懐の広さを感じた。
登四郎に聞きたくば死ね青葉木菟今瀬剛一[対岸]
「対岸」2018年6月号
能村登四郎に師事し今も綿密な「能村登四郎ノート」を書き続けている作者にしてなお分からないことが出来したのであろうか、登四郎の神髄に触れようとするがなかなかせまることがならない。こうなれば自分が死んで黄泉の国に行って、登四郎に直接聞くしかないというような気分にさせられるのも、青葉木菟の黄泉にいざなうような甘ったるい声調のせいである。
蒼穹と蒼海とあり白子丼古田紀一[夏爐]
「夏爐」2018年6月号
関東の人間としては白子といえば鎌倉の海を思い浮かべるが、場所はどこでもいい。青空と青い海を見ながら食べる白子丼のおいしさは格別である。白子丼という最も簡単な食べ物に「蒼穹と蒼海」という重い表現の味付けが成功したと思う。
乾し皀莢吊す曲屋ほととぎす 徳田千鶴子[馬醉木]
「馬醉木」2018年7月号
南部曲屋の軒下に、干されたさいかちの実が吊るされてあった。頃は時鳥の鳴く初夏の頃。家人がそのさいかちの実を軒下からもぎ取って、汗に汚れた農衣を洗おうとするような錯覚を覚えさせる一句になっている。写生された「物」がこのようにすらすらと語り出すことが俳句にはある。写生俳句の妙と言える。
生涯に三度の面晤椿寿の忌蒲原ひろし[雪]
「雪」2018年7月号
句の内容からして面晤の相手は虚子である。作者は生涯に三度、虚子に見えたと言っている。虚子は新潟にいた高野素十を度々訪れた。そして素十の膝下にあった作者も同席したのである。こうして直接会うことによって得られる印象は強く脳裏に刻まれたことであろう。三度の面晤によって作者は虚子、素十を取り巻く俳句の世界を95になる現在まで追い続けているのである。本物を見る、本人に見えることの大切さをこの句は教えてくれる。
水張つて臼休めあり花の昼鈴木しげを[鶴]
「鶴」2018年7月号
団子屋の光景か。花時の団子や餅菓子作りが一段落して臼に水を張って休ませているところ。それまでの喧騒が今は無く静かに花の昼を迎えている。桜の花びらが臼の上に舞い落ちているとも思える。花時の団子屋の静かな裏庭を描いている。
初蛙一円相の中にかな 長谷川 櫂[古志]
「俳壇」2018年7月号
読売新聞に連載の俳句コラム「四季」が5000回になったことを記念して円覚寺老師と対談したときの作品と前書きにある。5000回とは驚いた。「四季」は氏のライフワークといえる。句意は初蛙を禅林の中に聞いたというただそれだけのこと。悟りの境地を暗喩させる一円相という措辞が実に効果的で単純な言葉の中に深い境地を感じさせ、また、絵画的でもある。
朝顔の生粋の紺綾子の忌 谷田部 榮[万象]
句集『鮎のころ』から
沢木欣一、細見綾子の門下生らしく、綾子を偲ぶのに鶏頭や牡丹を用いたら月並は免れがたいが、朝顔の紺を用いたことによって新鮮な綾子像が浮かぶことになった。生き様を変えなかった綾子に「生粋の紺」は相応しいと思った。
(順不同・筆者住所 〒112-0001 東京都文京区白山2-1-13)
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