鑑賞「現代の俳句」 (125) 蟇目良雨
柿若葉磨る墨に指映りゐる 津川絵理子[南風]
「俳句界」2018年8号
こまかな焦点描写から季節感に満ちた世界が描かれている。墨を磨っている指が墨の海に映っていると同時に眼前の柿若葉までが映っているようだ。柿若葉の明るい光に満ちた庭に面している書斎での光景なのだろうか、自然の光の中で書に打ち込んでいる作者の姿が髣髴とする。
こぐらがる鱧をほどきて糶始む三村純也[山茶花・ホトトギス]
「俳檀」2018年9月号
鱧の糶を詠んでいる。鱧は上手に調理すれば高級な料理になるが取り扱いには注意しなければならない。生きた鱧は獰猛であり噛まれたら大怪我をする。美味しく食べるには骨切りをしなければならない。生命力が強いので運搬過程で中々死なずに生きたまま大都市に運ばれたので鱧料理は高級料理として愛されてきた。
掲句は生きた鱧が箱の中で絡み合っているのを解いてから糶を始めたというもの。鱧の生命力が活写されていると同時に「こぐらかる」という言葉の斡旋が成功している。〈噛みあうて離れぬ鱧を糶にけり 細見しゅこう〉という元気な鱧もいる。
曲るたび蚊遣のけむる子規の庭小林愛子[万象]
「万象」2018年9月号
子規の庭から私たちは根岸の子規庵を連想していいだろう。狭いながらも様々な植物の植えられた庭は歩いて楽しいものだ。そして小径の至る所に蚊遣香が焚かれているという。子規が在世ならきっと客人のために蚊遣香をもっと焚けと妹の律に命じていた声が聞こえてくると思わせる奥行が感じられる句だ。
牛蛙鳴くや筑波に雲かかり戸恒東人[春月]
「春月」2018年8月号
蛙は声を楽しむものと思っている方に、蛙の料理の話をすると驚かれる方もいるかも知れない。戦後の貧しい時代を生き抜いた世代の人間としては蝗やザリガニの他に牛蛙は御馳走であったことをお話しなくてはならない。蛙の合唱、河鹿蛙の美声も満ち足りた時代にはいいかもしれないが、飢えたときは牛蛙の腿肉や蝗の乾煎り、ザリガニの尾肉は何物にも代えがたいものであった。ところで牛蛙の鳴き声もなかなかのものでことに排水路の土管の中で鳴く声は拡声器の効果があって大きく立派である。夏は繁殖の季節に当りその鳴き声は遠くまで聞こえて来る。筑波山に雲のかかる蒸し暑い頃が鳴きどきである。
ほろ酔ひのわれのごとしやなめくじら 遠藤若狭男[若狭]
「若狭」2018年9月号
なめくじを見かけなくなった。かつては台所の濡れている暗いところによく見かけたものである。なめくじが嫌いなひとはそれに塩をふりかけると溶けていった。塩がなめくじの体液を奪い取るためだ。蝸牛と違い殻が無いだけで気味悪がられるのはちょっと可哀そう。掲句はなめくじの動きが自分の酔ったときのようだと自虐的に見ているもの。なめくじを自分の姿に見立てる類想の無さに惹かれた。
水戸つぽが伸(の)しで浮輪に寄り添へる松浦敬親[麻]
「麻」2018年8月号
「水戸っぽ」の解釈は別として、句意は水泳中の光景で、浮輪に「伸し」で寄り添っているのは「水戸っぽ」であることよである。
伸しは古式泳法の一つで長い距離を楽に泳ぐ方法として編み出されて横泳ぎとも言われる。水戸藩には水府流があり色々な泳法のあるうちの一つに伸しがある。
この句の面白さは水練の達人と思われる伸しを使う人が、浮輪に頼っている泳ぎに未熟な人に寄り添っている光景なのか、それとも伸しが未だ未熟で浮輪を頼りにして本人が訓練中の光景なのか二つの見方がある。
さて「水戸っぽ」であるが水戸藩に培われた水戸の人々の気性を理屈っぽい・怒りっぽい・骨っぽいの三ぽいで表したものと言われる。その水戸っぽが普段の言動にも似合わず浮輪を頼りに伸しを練習している光景と鑑賞すると滑稽味のある句になる。
投網打つかに稲雀沈みけり岡田日郎[山火]
句集「靈鳥」
今年の稲作の出来具合が報道される頃になってきた。大雨や台風の通過、さらには地震で様々なダメージを受けてきた稲田である。是非、豊作であって欲しいと念じるばかりである。そして豊作になり稲雀が何回やって来ても、「いくらでもお食べ今年は豊作だから心配しないでもいいよ」とお百姓さんに言わせたいものである。稲雀がざーっと飛来して投網を広げたように稲田に降り立ちそして沈み込んだというのが句意である。
「沈みけり」の駄目押しで写生が完成した。〈団栗の葎に落てくぐる音 鈴木花蓑〉の「くぐる音」と同量の徹底写生を感じたところである
(順不同・筆者住所 〒112-0001 東京都文京区白山2-1-13)
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