鑑賞「現代の俳句」 (127) 蟇目良雨
飛石に鳩 尾(みぞお ち)ありてたまる梅雨星野恒彦[貂]
「貂」2018年10号
梅雨どきは鬱陶しいものだ。年を取ると濡れることを嫌がる。飛石伝いに歩いてゆくと窪みが水溜まりになっている一か所がある。それでも作者はどんどん歩いてゆく。窪みは飛石の鳩尾のようなものだなあとあれこれ考えてゆくのはさながら雨を喜ぶ幼な子のようである。
終戦日初めてジープ見しことを内海良太[万象]
「万象」2018年11号
ジープは第二次世界大戦中にアメリカ陸軍が民間に開発させた悪路に強い四輪駆動車。戦後進駐軍が日本に持ち込んで足代わりに使ったので地方でも見ることが出来た。米兵達は地方視察にジープで来て子供達に車上からチューインガムやキャンディをばら撒いてくれた。終戦時に年端の行かなかった子供達は進駐軍を恐れることはなく楽しみに待っていたと言っても過言ではない。そんなジープへの思い出が一句になった。
雲を踏むごとき歩みや生身魂柴田佐知子[空]
「空」「万象」2018年10/11月号
雲を踏むごとき歩みとはどんな歩みなのだろうか。どしどしと力を入れて歩けば雲は破れてしまうし抜き足差し足のように静かに歩いているのだろう。すでに仙人のようになられた生身魂はいつの間にか雲の上を歩く術を会得したのかもしれない。老いの楽しみの一面でもある。
鉛筆の退屈な日や小鳥来る西山常好[母港]
「俳句四季」2018年11月号
鉛筆の退屈な日というのは鉛筆を使う作業が進まない日のことなのだろう。スケッチをしてもいいし句帖に俳句を記していてもいい。そんなことが進まない退屈なある日に小鳥が来て刺激を与えてくれた。日常の一コマであるががらりと変わったのは小鳥が来てくれたから。
精進膳は縄文食ぞ芋茎嚙む 小澤 實[澤]
「俳句」2018年11月号
羽黒山での作品。斎館や宿坊で出される精進料理を縄文食のようだと驚いて一句が出来た。私達も皆川盤水先生が存命中はしばしば三光院に泊まった。山伏を兼ねた院主一家がもてなしてくれる料理が楽しみだった。山女の焼きびたしなど出たのだから正確には精進料理とは言えないかもしれないけど朝食に出される橡餅を食すると全てが山の中で採取された食材で作られていることが分かる。その縄文食の代表格が芋茎だというのもよく理解できる。同時作〈法螺貝の口金あまし秋の山〉何にでも挑戦する作者の好奇心を見た。
秋めくと自服の茶筅まはしけり鈴木しげを[鶴]
「鶴」2018年11月号
秋を感じたので一服点てたという気持ちはよくわかる。夏の疲れを肉体的にも精神的にも癒してくれるのは一服のお茶がふさわしい。それも他人の手を煩わせないで自分で茶筅を廻すことで一人の心の安定が得られるというもの。
ファクシミリは昭和の速さ秋うらら辻美奈子[沖]
「沖」2018年11月号
通信手段の進歩は早い。父が通信部の新聞記者をしていたのでよく覚えているが昭和30年くらいまで伝書鳩が活躍していた。やがてファクシミリが入り、便利なものだと感じていたがそれでも送信をすませる迄に10分もかかったのではないだろうか。今やメールの時代ですぐさま世界の果てまでも届いてしまう。郵便、ファックス、メールとそれぞれの特長があるがファックスの速さ(遅さ?)は昭和のものだと納得させられた。
寝鍵掛け忘れて目覚むつづれさせ千田一路[風港]
「風港」2018年11月号
寝鍵を掛けるとは何だろう。寝る前に戸締りをしたというのなら詩情がない。常用の睡眠薬を飲み忘れたことを言っているのではないかと思った。私は何処でも眠れるのだが妻は睡眠薬がないと寝付かれない。眠れぬままに目覚めてつづれさせを聞く羽目になっている作者にとってしばらくの慰めになっている虫の音。
敷藁の風に飛んだる種茄子藤本美和子[泉]
「泉」2018年11月号
種茄子を取るため下に敷いてあった藁が風で飛んだといっているだけだが、藁をも飛ばす風に耐えて残っている種茄子の大きさがクローズアップされてくる省略の利いた写生句。
刃こぼれもなき月光を浴び帰郷橋本榮冶[枻]
「枻」2018年11月号
三日月のような鋭利な形をした月光を浴びて帰郷しましたというのが句意。しばらくぶりの帰郷だが刃の形をした月光が刃こぼれもなく故郷を守ってくれていたと解釈して間違いないだろう。
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