鑑賞「現代の俳句」 (133) 蟇目良雨
百までの指折つてみるさむさかな中村嵐楓子[春燈]
「春燈」2019年3月号
作者の前にあるのは「寒さ」だけ。ここから句を紡ぎだすのはベテランの技であろう。写生派の私たちに参考になることは、自己を客観視する写生の態度をもてば掲句のような佳句に近づくことが出来る可能性を教えてくれる。百歳を越える高齢者が多くなった時代とはいえ百歳に達するには障碍が多いはず。百歳までのあれこれを想像すると、まさに寒さを覚えるのである。
氷海を渡りきて風雪原へ片山由美子[香雨]
「俳句」2019年4月号
北欧の冬景色。風が吹かなければただ沈黙の景色。一陣の風が人間の気配のしない氷海から雪原へ吹き抜ける。氷海と雪原しか見えない中で、作者は句作りに苦労したと思う。同時作
冬夕焼けムンクの描きたるままの 同
には、町の姿や人の姿が感じられる。それにしても寂しい光景だ。北欧人の粘り強い性格形成に影響を及ぼしたであろう風土性を想像した。
今あるもやがて遠き日春の雲西山 睦[駒草]
「俳句」2019年4月号
今、眼前にある、春の雲の浮く景色もやがて遠き過去のものになってしまう。こんな懼れってだれもが持つことがあるだろう。二度と見られなくなる景色。私たちはこうした瞬間を次々に過ごしている。春の雲の浮く、心が和む光景を見続けていると、急にこの幸せな光景を再び見ることができるのかと不安になる。誰にも訪れてくる瞬間を句にまとめた。
オリオンに傾くしだれざくらかな 秋篠光弘[朝鳥]
「俳句」2019年4月号
枝垂桜とオリオン座の位置関係を言っただけだが新鮮な感覚がある。地球に重力がある限り枝垂桜が傾くことはない。夜のとばりが降りてオリオンが見えるころ枝垂桜がオリオンにしなだれかかって見えたという句意。これを詩とよばなくて何というべきか。
白魚の目玉もつとも泳ぎけり小島 健[河]
「俳句」2019年4月号
泳ぐときは白魚も全身を使って泳ぐのであるから実景としてはあり得ない光景。しかし、透き通って見える白魚は水中では目玉の黒いところだけがはっきり見えるのである。白魚の場合は目玉がもっとも泳いでいるとみなした作者の見立ては成功しすっきりしたいい句になった。
賭鶏が脂ぎつたる声浴びて
思ひきり負鶏の首抜くをんな河竹岡一郎[鷹]
「俳句」2019年4月号
闘鶏の句。一句目は日本にもある光景かなと思った。闘鶏を見ている男たち女たちが興奮して脂ぎった声を飛ばしているところ。しかし二句目になると負鶏をつかまえて「首を抜いて」しまう女が出てくる。こうなると日本ではなく海外のどこかの闘鶏と言わざるを得ない。残酷だがこれが現地の生きざまなのだと納得。
時雨るるや母子一つの抱つこ紐中川雅雪[風港]
「俳句」2019年4月号
おんぶ紐なら私達の若かりし頃の光景だが、抱っこ紐となると最近の光景になる。母子が抱っこ紐で一つに結ばれているところに時雨がふる。しっかりと絵になっている。
寄せ書きの声をちからに卒業す工藤 進[くぢら]
「くぢら」2019年5月号
卒業記念にみんなで寄せ書きをする。そして卒業するでは詩にならない。思い出を語りながら書いたときの声を力に感じながら卒業するのだからいつまでも忘れ難い卒業式になったことだろう。
統計のまことしやかに獺祭上谷昌憲[沖]
「沖」2019年5月号
昨年末に始まった厚労省による「毎月勤労統計データ」の不適切処理を俳人の眼でからかっている。獺祭(おそのまつり・おそまつり)は獺が春になって岸辺に魚を並べてから食べると中国の人が見立てた季語。統計の基礎データを偽って並べて国民をたぶらかそうとする政府への強烈なパンチ。
古書店に自著出て雪の別れかな千田一路[風港]
「風港」2019年5月号
自著が刊行後まもなく古書店に出るのは誠に複雑な気持ち。幾らの値がついているかも不安材料。まして狭い地域の話ならなおさら誰が持ち込んだかも気になる。「雪の別れ」の季語が何とも言えなく利いている。
空港を浮かべて茅渟の春霞高野清風[雲の峰]
「雲の峰」2019年5月号
大阪湾に造られた関西国際空港を遠望して出来た句。大阪湾の上にある無機質な構造物であるが大阪湾を古称の茅渟の海(ちぬのうみ)を用いて俄然詩になった。
(順不同・筆者住所 〒112-0001 東京都文京区白山2-1-13)
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