鑑賞「現代の俳句」 (149) 蟇目良雨
ゆふぐれの高さ泰山木の花井上弘美[泉]
「泉」2020年8月号
泰山木の花を詠っているのだが「夕暮の高さ」としか言っていない。よく「花を掲ぐ」とか「色の錆びゆく」とか泰山木の花を表現する言葉が使われるが一読してこの句の省略された形に惹かれた。この句に向き合っていると夕空の澄み切った高さや、泰山木自身の夕暮に屹立する高さなどが心に沁みて来るのである。
一つ入り二つ入る灯や暮の秋西嶋あさ子[瀝]
「瀝」2020年秋号
家の窓から遠くの家を見ていると夕べの灯が一つ二つと点いてゆくのが見える。遠くの家はマンションのような大型の建物だろうか、一つ二つ点いた灯はやがて数百の灯に点され多くの人の夜の生活が営まれる。夕方から夜にかけての静かな移ろいに暮の秋の心象がこめられているように感じた一句。
缶詰のキャビアそのまま夏終る藤田直子[秋麗]
「秋麗」2020年9月号
この句はコロナ禍という時代背景を考えると実に判りやすい。高級食材のキャビアの缶詰を用意して大勢が集まりバーベキューなどでもてなそうとしたのだが、集まることも叶わずそのまま使わずに夏も終わってしまったと嘆く作者の姿が見える。平時なら目に止まらない句でも時代や作者を知ることで味わいが出る俳句作品の例であろう。
柏餅これからのこと死後のこと山内四郎[春燈]
「春燈」2020年9月号
作者は晩年にかかっているのであろう、余生をいかに生きるべきか、そして自分の死後はどうなるのだろうかと柏餅を前にして考える。柏餅を食べる際に片方の葉をしわしわと剝き、次に別の方の葉を破れないように静かに剝く一連の動作のなかに無心になっている自分の存在を感じることがあるが、そんなときにふと差し迫った生の終息を思ったのだと鑑賞した。
釣堀に余生のやうな四隅あり伊藤素広[鶴・群青]
「俳壇」2020年9月号
こう言われてみれば確かにそんな感じがする。混雑している釣堀の隅は誰も釣糸を垂れない空白地帯になっている。好んで隅を攻める釣り人はいないから、もしかしたら意外なものが釣れる可能性が無きにしもあらずと思わせる。余生にもそんな期待をする作者のささやかな願いが見える。
平家の血女人が伝へ紗羅の花橋本榮冶[馬醉木]
「馬醉木」「俳壇」2020年9月号
平家の血は逃げ延びた男たちが身分を隠し名を変えて密かに繋いできたと思ってきたが、単独で逃げ延びた男が地元の女性に産ませた子供が平家の血を繋いでいたとしたらこれは紛れもなく掲句の通り女人が伝えて来たと言える。しかし作者の言いたいことは女人の強さがあってこそ血が伝えられたのだと女性崇拝の句になっているのではないだろうか。同時作〈涼み市小橋の上にはみ出して〉は夕市の光景〈一言のあとの平言梅雨深し〉は日常の中の言葉使いを句にしたものだが何れも古を漂泊したがっている作者の表現になっている。
頭を振つて威嚇歩きの羽抜軍鶏槫沼清子[群星]
[群星]2020年秋号
羽抜鶏のそれも羽抜軍鶏の特徴をよく押さえている句。頭を振って辺りを威嚇するようなぼろぼろになった羽抜軍鶏は怖い存在だ。「威嚇歩き」の措辞はなかなか見つかる言葉ではない。
同じ「群星」に〈レジ前の透明カーテン走り梅雨 石野素子〉〈オンライン授業夏服上だけ買ひ足せり 清水彩花〉があった。
コロナ禍の普段の光景を一句にしている。コロナ対策で透明ビニールの遮蔽幕を垂らしたスーパーのレジ前の様子を描くが「鬱陶しさ」を走り梅雨が暗示している。オンライン会議(この場合は授業)の利点は掲句のようにカメラに映る部分以外の服装は気にしなくていいことに私も気付いた。作者は女学生なのだろう、夏服の上着を新調して授業に臨んだと言うのだが、私はオープンシャツの下はカメラに映らないのでいつもすててこのままである。妻の介護をしながらでも会議に参加できるシステムを開発してくれた技術者に作者ともども感謝したい。
芋の葉に生まれ大粒露童子田口紅子[香雨]
「俳壇」2020年9月号
芋の葉の上を転げまわる大粒の露を露童子と表現したことで親しみやすい句になった。写生に慣れてしまうと露童子という表現になかなか到達しない。思い切って表現する大切さを学んだ。キラキラと輝く大粒の露が想像できるのは露童子の名のお陰。
(順不同・筆者住所 〒112-0001 東京都文京区白山2-1-13)
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