鑑賞「現代の俳句」 (151) 蟇目良雨
青空のまだ濡れてゐる草紅葉前田攝子[漣]
「俳句四季」2020年10月号
感覚的な句である。青空が濡れるとはどんなことなのか、まだ濡れているとはいつ濡れ始めたのかなどあれこれ想像を必要とする。
先ず草紅葉のある野に出てみよう。草紅葉が濡れているようだ。さっきまで降っていた雨に濡れたのだなと空を見上げると青空が見える。青空ながら濡れているように見える。実際、雨雲が雨を降らせて通過した後に細かな水滴が空中に漂うことにより濡れているように見える青空が出現するのかも知れぬ。単に感覚というより突っ込んだ写生をした結果得られた感覚と思いたい。
晩秋や外ヶ浜へと道岐れ吉田千嘉子[たかんな]
「たかんな」2020年10月号
青森県の外ヶ浜は古来から歌枕に詠われてきたが場所は特定できないらしく、「南の鬼界が島、北の外の浜」と言う表現は日本という国の南限と北限を漠然と指していたようだ。〈むつのくの奧ゆかしくぞ思ほゆる壺の石文外の浜風 西行〉〈みちのくの外が浜なる呼子鳥鳴くなる声はうとうやすかた 定家〉の歌が示すように「壺の碑」「外の浜」「善知鳥(うとう)」を歌枕にする。芭蕉が『奥の細道』で本当は外ヶ浜まで足を伸ばしたいと願ったという記述があり、芭蕉に続く蕪村も若い時に芭蕉を慕って江戸から山形・秋田を抜けて外ヶ浜を見て帰ってきたという話がある。外ヶ浜は今も昔も憧れの土地だったのである。秋の暮に外ヶ浜への道を見出し、それだけで感傷を覚える作者である。歌枕の力であろう。外ヶ浜では春になると雁風呂を焚くことでも知られる。
地図ほどに近くはなくて佐渡の秋和田順子[繪硝子]
「繪硝子」2020年11月号
作者は佐渡の秋を楽しんでいるのだが、ここに来るまでに大変な思いをしたと呟いている。直線距離で測ると東京―佐渡は約300㌖。新幹線なら3時間足らずで着くはずが、フェリーに乗り換えて行くとなると5時間はかかる。もし、海が荒れたなら足止めを食い1日棒に振ることもある。そうしてでも行きたい佐渡の魅力を考えたい。遠流の島、貴種流離譚など色々あるが秋の青天を翔ける朱鷺の美しさもこれに加わるだろう。近くはないことが佐渡の魅力を高めていることは間違いがない。
図体の大きな順に水番す上野一孝[梓]
「梓」2020年10月号
今頃、水番など無いと思うが、もしあったらなるほどと思わせる一句である。村の中で図体の大きな若者が初めに水番に付いたら、隣村の連中はこれは叶わないと水を奪うことを断念すること請け合いである。(小柄な)年長者が楽をするために若者の大柄なものから役に付かせる悪知恵のようなユーモアが感じられる。
草市で買ふ現世のものばかり能村研三[沖]
「沖」2020年10月号創刊50周年記念号
草市で買って先祖の魂棚を飾るのだが買ったものは現世のものしかないと訝っている。彼岸のものは売っていないのだろうかと思う気持ちがこの句を作らせた。一つの発見であると思った。
反古燃ゆる色なき風に飛び火して森岡正作[沖]
反古を焚いていたら秋風に飛び火してしまったという句意。飛び火するような紙であるからには薄い和紙が想像される。作者が密かに焼こうと思っていた反古が空中に飛び火して拡散しようとして驚いているのだ。反古の内容が気になるがそれは読者の想像に任せよう。
待宵や夢はどこまで夢のまま徳田千鶴子[馬醉木]
[馬醉木]2020年11月号
待宵の言葉には、「明日の夜(十五夜)の晴れ曇り計り難ければ、先ず今宵、月を賞するなり」(栞草)の意がある。また、言葉通り「人を待つ宵」の意味もありこちらは恋の歌に使われる。
そこで掲句を鑑賞すると「十五夜の完全な月を望むことはしないが、せめて十四日の月を見ている間に私の思い人の姿に再び出会いたいものだ。しかしこの夢もいつまでも夢のままで終わってしまうなあ」と嘆く作者がいる。若くして亡くなったご主人を偲ぶ句として鑑賞して見た。
界隈の盆唄のなき夜空かな鈴木しげを[鶴]
[鶴]2020年11月号
町を歩いているとこんなに月の美しい盆の夜なのに近隣に盆踊りの歌が聞えないなあと嘆いている。作者の界隈は盆踊りが盛んなのだろう。令和2年は実に記念すべき年である。中国から新型コロナウイルスが日本に入りこんでなにもかもぶち壊した。世界中にコロナで苦しんでいる人がいる。掲句には静かな怒りが込められている。
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