鑑賞「現代の俳句」 (153) 蟇目良雨
口切の窓に茜や筑波山安立公彦[春燈]
「春燈」2021年1月号
口切茶事の光景を詠っている。茶事の部屋から見える筑波山は茜色に染まっていて口切を寿いでくれているようだと句は物語っている。関東平野にいきなり座る筑波山は朝日や夕日に全山が隈なく染め上げられる。口切の行われる11月は霜が降ると紫にも見え色々な色彩が楽しめる筑波山だ。
我が母の生れし伊勢の海老飾る有馬朗人[天為]
「俳句」2021年1月号
正月飾に付けるもので一番豪華なものは海老であろう。真っ赤な色がおめでたい気分にさせてくれる。プラスチックで出来たものから本物の伊勢海老を飾るものもある。それはさておき、海老飾るだと陳腐な句になってしまうが、「我が母の生れし伊勢の」と表現したことで海老に命が吹き込まれた気がする。それはすなわち母思いがなした業と読者が共感できるからである。
紅浅間黒蓼科や鳥渡る矢島渚男[梟]
「俳句」2021年1月号
初めて浅間山に冠を付けた俳人は前田普羅である。〈春星や女性浅間は夜も寝ねず 普羅〉女性(にょしょう)浅間とはよく付けたものである。春の星と語らうように女性浅間は夜も寝ないでいるという内容だ。
それに対して掲句の作者は紅浅間と名付けた。これは大いなる挑戦である。作者は信州上田の人。毎日、浅間山や蓼科の山を見て暮している。秋になり浅間山は紅色をし、蓼科は黒色をもって粧ふなかを渡り鳥が来たと言っている。二つの山を紅と黒と断定することにより渡り鳥の進路を明らかにしている気がする。故郷への大いなる挨拶となった。
初手水鳥のごとくに水弾き今瀬剛一[対岸]
「俳句」2021年1月号
新年初めて手や顔を洗うことを初手水という。若水を井戸からくみ上げて用意してその水を用いるということをかつては行ってきたが、その風習は現代の生活では難しい。それでも、心意気だけはそのつもりになって、例え水道から引いた水であっても新年初めて使う水は若水であり、初めて顔を洗えばそれは初手水になる。今年も元気に初手水が使えましたという喜びを水鳥が羽搏いてしぶきを飛ばすように水を弾いたと表現する作者である。
浅間山外輪山の崖紅葉菅野孝夫[野火]
「野火」2021年1月号
北陸新幹線の車中など、浅間山を離れて見ると女性浅間の譬えのように優美な姿として私は認識して来た。しかし、この句を理解するにあたり色々調べてみると噴火を今も続けている浅間山には外輪山があることを知った。浅間山は実は牙を剝いた荒々しい活火山である。掲句はその外輪山の一つに崖紅葉があって美しかったよと言っているだけであったが、私には目を覚まさせる強烈な一句になった。即物具象の力。
ながし目を遺影の夫にふぐと汁鈴木節子[門]
「門]2021年1月号
作者の御主人である故鈴木鷹夫さんのことを知っていると掲句は身に沁みて理解できる。俳壇一のダンディな人でソフト帽のよく似合う人であった。相思相愛ながら節子さんの方がぞっこんだったように思う。亡くなってから7年たつ今も鷹夫さんを愛している節子さんの偽らざる気持ちが流れる一句である。ふぐと汁で止めた感覚の冴えに拍手を送りたい。
4Sの2Sの軸に初日射す森田純一郎[かつらぎ]
「かつらぎ]2021年1月号
今の俳人にこの句がすんなり理解してもらえるかどうか心配になって筆を執った。4Sはヨンエスと読む。2Sはニエスと読む。4Sは四人の俳人名で青畝、誓子、秋櫻子、素十とイニシャルにS音がつく俳人の名で、昭和3年の暮に山口青邨がホトトギスの講演会の中で当時活躍していたホトトギス俳人の中で「西に2S、東に2S、併せて4Sがいる」と話したことから4Sの呼び方が定着した。掲句の軸物にはどの2Sの作品が書かれてあったのか不明だが、客観写生を終生貫いた青畝と素十の二人であって欲しいと思うのは私が素十びいきだから。作者は青畝の創刊した「かつらぎ」の第三代目の主宰。
印堂に大きなほくろ冬暖か川本薫[多磨]
[多磨]2021年1月号
印堂は眉と眉の間にある位置をいう。大切な位置らしく先ずお釈迦様はここに大きな印がある。印堂を大切にする人にヒンドゥー教の信者もいてここに朱点を付ける。または鍼灸のツボであり、黒子占いでは幸せを呼ぶ場所という。
掲句は印堂に大きな黒子のある人を見つけ、自ずと心安らいだのだろう。冬暖かという季語がそれを暗示している。
(順不同・筆者住所 〒112-0001 東京都文京区白山2-1-13)
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