鑑賞「現代の俳句」 (18) 沖山志朴
まづ尻を試し寄居虫をさまりぬ檜山哲彦〔りいの〕
[りいの 2022年 7月号より]
寄居虫は、殻がないと無防備状態。天敵の多い海辺では、たちどころに魚や鳥など、他の生き物の餌食となってしまう。そのために、体の成長に合った動きやすい巻貝を探し出しては、その中に納まり、身を守る。時には、他の寄居虫に体当たりして、その貝殻を奪うことすらあるほど。
掲句の眼目は、「まづ尻を」にある。たまたま見つけた貝殻に尻の先を入れては、それが自らの体に合うものかどうかをいわば「試着」しているところ。小さな生き物の一瞬の行動を見逃さないその着眼が素晴らしい。どうやら、寄居虫はすっかりお気に召したらしく、すっぽりと収まっては、満足げにしているところである。
飛ぶといふ力誇らず川蜻蛉山本一歩〔谺〕
[俳壇 2022年 7月号より]
川蜻蛉の穏やかな飛翔をユニークに表現した句である。川蜻蛉は、中流域の比較的緩やかな流れの清流に生息する。雄は縄張りを作り、雄が近づいてくると追い払う。逆に雌が近づいてくると求愛行動をとる。鬼やんまなどのように、広い範囲を素早く飛び回るダイナミックな飛翔はしない。
その穏やかな飛翔を「飛ぶといふ力誇らず」と表現している。とりわけ、「誇らず」という打消しを用いた擬人法に、作者の熟考のあとが窺える。この鷹揚な表現により、ユニークで印象的な嘱目吟となった。
言葉探してたんぽぽの絮毛吹く日下野由季〔海〕
[俳句四季 2022年 7月号より]
「しっかりと大地に根付いて、美しい花を沢山咲かせるのよ」。そんなことを思いつつ、息を吐き出しては、飛び行く絮毛にわが子への思いを重ねたのであろう。
掲句の作者には、〈遠花火胸の高さに子を抱きて〉〈上の子が寝れば下の子起きて秋〉など、子育て中の母親として奮闘する自らの姿を詠った句が少なくない。この絮毛を吹く句にも、やがて自立し、離れてゆくわが子への母親としての願いが込められている。
遠足の子に恐竜の吠えにけり三村純也〔山茶花〕
[俳句 2022年 7月号より]
最近の恐竜ロボットは、姿形ばかりではなく、迫力のある咆哮をあげたり、まるで生きているかのような細やかな動作を披露したりと、一段と精巧で迫力のある作りになってきている。
遠足に来た恐竜好きな小学生達が、恐竜の下に寄ってきては、ああだこうだとその知識を披露しあう。その傍らで、首を上げた恐竜の突然の咆哮。子供達の慌てふためく様子や、その後のざわめきまでもが聞こえてくるようである。切れ字「けり」による省略も見事で、余韻の残る楽しく明るい句にまとまった。
老鶯の語尾のきらきら細波す山田真砂年〔稲〕
[稲 2022年 7月号より]
中七の「きらきら」は、最後まで明瞭な節回しで囀り切った美しさの表現であるとともに、間近の湖面に光り輝く細波の美しさをも同時に表現した措辞である。
小鳥の生態をよくご存じの方である。春先の鶯は、小声で、ケキョケキョと鳴き始める。それが、日が経つにつれ、声もしっかり出るようになり、やがて日にちを重ねると高い声で、かつしっかりした節回しで、最後までよどみなく囀り切るようになる。それが老鶯である。
春砕く砲弾人といふものは中村正幸〔深海〕
[俳句界 2022年 7月号より]
ロシアのウクライナへの侵攻、その理不尽な侵略行為を許すことはできないと憤る。大地の躍動する素晴らしい季節、人々が待ちに待った春の到来。その人々の夢や希望、幸せを打ち砕く突然の砲弾。こんな不条理なことが許されてよいのか、という。
一句は、「春砕く砲弾」で切れる句またがりになっている。前半では、突然のロシアによるいわれなき蛮行に触れ、後半では、性懲りもなく戦争を繰り返す人間というものはなんと愚かな生き物であることか、と嘆く。句またがりや省略の技法を用いることにより、憤りが残響のように見事に響き渡る効果を発揮している。
さくらんぼ鈴振るやうに洗ひけり 中尾公彦〔くぢら〕
[くぢら 2022年 7月号より]
分かりやすく、かつ清新な句である。そして、なんといっても比喩の用い方が実に見事である。
食べてよし、見てよし、そして、愛らしいさくらんぼ。その魅力を存分に詠い上げた句である。こころを弾ませながら洗う様子、それを待ち受けている家族の姿までもが髣髴と浮かんでくる。
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