日本酒のこと  (22)                     安 原 敬 裕
 「新酒は秋の季語?」  

 この季節になると各銘酒蔵の「秋の冷やおろし」の銘柄が店頭を賑わせています。これは、その年の日本酒をタンクで貯蔵した後、火入れをせずに出荷したお酒のことであり、ほど良く熟成した丸みのある香味と火入れしないことによる新酒の持つ爽やかさを兼ね備えています。そして、これからは秋も深まり紅葉酒や温め酒の季節となります。
 ところで歳時記を開くと、秋の季語として「新酒」や「新走り(あ らばしり)」が載っています。新酒とはその年の新米で醸した酒のことであり、新走りとは醪(もろみ)を搾るときに最初に出てくる酒のことです。歳時記では、新酒が秋の季語である理由を「昔は自家用として新米の収穫後すぐに醸造したので新酒は秋であった」としています。
 この「日本酒のこと」の欄で何度も触れていますが、今から130年前の明治時代後半には日本酒の醸造は酒蔵ごとの免許制とし、自家醸造は密造酒として違法取締りの対象となりました。その理由は税金です。当時の国税収入の何と35%は酒税が占めており、国家財政安定のため国税当局は酒税の確実な徴収を目的に酒造業を免許制としたのです。併せて、醸造技術の向上を目指して東京滝ノ川に醸造試験所を設立しました。
 このように、農家等が新米を醸し仲間内で楽しんだ新酒は違法犯罪行為として過去のものになりました。その結果、日本酒造りは酒蔵のみで行われ、その時期も発酵の邪魔になる雑菌が発生せず、かつ杜氏や蔵人が農村から出稼ぎに来られる冬場の作業となりました。そして「杜氏来る」や「寒造」はれっきとした冬の季語として定着しています。酒蔵で最初に搾る日本酒は早くても12月であり、1月から3月上旬までが最盛期となります。
 よく「空想や頭で作句するな」と指導されます。ところが、晩秋に新酒を詠んだ句を春耕誌でも頻繁に見かけます。作者は本当にその時期に新酒を呑んだのでしょうか。その可能性があるとすれば自家用に醸した酒ですが、これは違法犯罪行為の酒であり論外です。次は大手の酒蔵が全館空調の効いた工場でAI技術を駆使しながら年間を通じて醸造している日本酒が考えられますが、これは俳句の肝である季節感において大いなる欠陥があります。またこれらの蔵が晩秋の日本酒を新酒として販売することはありません。
 つまり、我々日本人は過去100年以上の長きにわたりワインやドブロクはともかくとして日本酒の新酒を晩秋に呑むことはなかったのです。であるにも拘わらず、今なお我々のバイブルである歳時記は新酒を秋の季語として記載しています。新酒を口に含んだ時の感激は何ものにも代えられません。俳人はその感動を一句に詠む訳ですが、冬場に出句すると季語の使用間違いと見做されるので、仕方なく秋の句として出句しているのが真実であろうと思います。一日も早く、堂々と冬場に新酒の句を詠みたいものです。

酔つて出て月にずしんと突き当たる良雨