鑑賞「現代の俳句」 (4) 沖山志朴
寂しいは言はない朧濃き夜なり鈴木節子
[門 2021年5月号より]
コロナ禍の社会状況の中での不自由な生活。外出もままならない。人と会うことも避けなければならない。孤立感は日々深まるばかり。
「寂しい世の中になったものだ」と一言呟けば、いくらか気持ちも楽になるのかもしれない。しかし、この厳しい状況下に置かれているのはみんなが同じ。それぞれが歯を食いしばって一日一日を必死に生き抜いている。もうしばらく辛抱すれば、事態もよくなってくるかもしれない。頑張ろう。それにしても、今日の朧は濃く、一入寂しさが肌身に浸みることよ、と呟く。異常な社会状況下での内言の句。
春寒や十とせの錆の被災校柏原眠雨
[きたごち 2021年5月号より]
東日本大震災で甚大な被害を被った学校。今は使われておらず、風雨にさらされ続けた十年間の錆は相当のもの。
自らの脳裏にはまるで昨日の出来事のように、あの日の記憶が蘇ってくる。しかし、建物は錆び付き見る影もない。これは、鮮明な記憶と十年という歳月の経過とのギャップを暗示している。人々の記憶が風化し、震災の恐ろしさが忘れ去られることを危惧する作者。
同じこと同時に言ひて春ごもり今瀬剛一
[対岸 2021年5月号より]
「冬ごもり」はあっても、身近な歳時記を見る限り「春ごもり」の季語は載っていない。しかし、作者はあえてこの季語を用いた。それは、春到来なのに新型コロナの影響で外出もままならない異常な生活の一端を表現しようとしているからであろう。
夫婦一緒にテレビを観ていたのであろうか。期せずして同じ事を同時に言い出し、ともに黙ってしまう。そして、ややあってからの笑い。籠り居に辟易する心の内を俳諧味を込めて表現した。
人気なきバス点り過ぐ波の花千田一路
[風港 2025年5月号より]
波の花は、冬の日本海の強風、荒波、そして、重い空模様の象徴。たまたま通りかかった路線バスには明かりはついていても、乗客の気配は全く感じられない。
過疎化によりすっかり寂しくなった町、さらにそこに新型コロナの影響が追い打ちをかける。荒涼たる冬の景色の中に、衰退してゆく地方の復活を願う作者の心情が見えてくる。
時疫さなかの師走哲医師一周忌山下知津子
[麟 71号より]
十音、四音、五音とかなりの破調、決してリズム感のある句とはいえない。しかし、世界の平和を希求する作者の強い願いがこの破調の中に滲み出ている。
哲医師とは、アフガンで一昨年十二月四日に何者かに銃撃されて亡くなった医師中村哲さんのこと。「コロナのことで人々の頭の中は一杯になっていますが、自らの命を犠牲にしてまで頑張り通したあの哲医師の志を忘れずに、平和な世界を築くことにも、皆さん努力を惜しまないようにしましょうよ」と人々の意識を喚起する。
あかんべの顔で目薬山笑ふ佐々木建成
[天穹 2021年5月号より]
高齢者にとっては、目薬は欠かせない存在。下瞼を下げ、人を軽蔑したりする時に見せるあかんべえのしぐさをしては、一滴でも無駄のないようにと注意して薬を垂らす。必死な姿ではあるがどこか滑稽である。
春も深まってきて、山の木々の色合いも日々濃くなってきた。しのぎやすくなってきたことよ、と独り言を言いつつ、目薬の蓋を閉める。俳諧味の効いた句。
味覚とは不思議なものよ蕗の薹池田啓三
[野火 令和3年5月号より]
春先、蕗の薹を楽しみにして天ぷらでいただく。食してみるに、苦みがかなり強い。しかし、不味いのかと言えば、そうではない。口の中でその苦みと、ほんのりとした甘さ、そして、鼻に抜ける香りが渾然一体となってえもいわれぬ味となる。
何で日本人は、こんな複雑な味を好むのだろうかと不思議になる。それでいて一方で、日本人の築き上げてきた実に繊細で、複雑な食文化を讃えてやまない。
(順不同)
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