鑑賞「現代の俳句」 (52) 沖山志朴
もろびとのこゑ渦潮にかき消され小川雪魚〔森の座〕
[俳壇 2025年5月号より]
いくつもの渦潮が逆巻く鳴門海峡の光景であろう。春の彼岸の大潮のころは、一年のうちでも潮の干満の差が最も大きくなる。渦潮の渦も自ずと大きく激しくなる。このダイナミックな渦潮の景観を見るために、観潮船が何艘も出る。掲句は、その観潮船が、渦潮にぐっと近づいたときの船上の混乱ぶりを詠んだもの。
船には、幼い子どもから高齢者まで大勢の人が乗り込み、まさに満員状態だったと想像する。その多くの人びとの驚きや感嘆の声も、すぐに激しくすさまじい渦潮の音にかき消され、聞こえないほどであったという。聴覚により渦潮のすさまじさを象徴的に表現している。躍動感溢れる大自然の姿が見事なまでに活写されていて、声がかき消されたという表現も決して大げさには感じられない。
川幅を狭めたるこひのぼりかな豊泉真澄〔架け橋〕
[俳壇 2025年5月号より]
各家庭ですでに使わなくなった何百もの鯉のぼり、それを持ち寄って、町中を流れる川の中空に吊るした。たちまち鯉のぼりを中心とした壮観な景が広がる。
「川幅を狭めたる」の措辞により、一句に見事なまでの広がりが生まれた。折からの川風に吹かれ、その鯉のぼりが、一斉に泳ぎ出す。色鮮やかな鯉のぼりの翩翻と翻る光景や川縁の緑との色の対照までもが想像できる。道行く人たちの振り返り振り返りする姿までもが見えてくるようである。
風騒ぐ青葉の艶を弾きつつ森清堯〔末黒野〕
[俳句四季 2025年5月号より]
水分を十分に含んだ艶やかな木々の青葉が、風が吹くたびに大きく揺れては光り合う。明るい躍動感あふれる嘱目の句である。
倒置法を用いて「風騒ぐ」を上五に据えたことにより、実にインパクトのある句になった。また、「艶を弾きつつ」の措辞もよく工夫されていて、明るく、生命力あふれる自然の営みを表現するうえで大きな効果を発揮している。自然に真向かい、それを自らの目でしっかりと見つめつつ、その溢れんばかりのエネルギーを見事に捉え、印象的に表現している。
刃物屋の音ひとつなき花曇桐山太志〔鷹〕
[俳句四季 2025年5月号より]
ずらりと棚に並んだ包丁やナイフ。室内の明かりにそれらの刃物が見事なまでに光り輝き合う。店内は人影もなく、静まり返っている。外はどんよりした曇り空ではあるが、見事なまでの花盛り。
静寂な店内にずらりと並ぶ人工物の刃物。どんよりした空の下に咲き盛る自然物の桜の花。その対照的な二物の取り合わせにより、これから何かドラマが起こりそうな予兆すら感じさせる鋭い感覚の句である。
さへづりを聴いて寂しくなりにけり武藤紀子〔円座〕
[俳句 2025年5月号より]
小鳥は、季節が訪れると雌を求めたり、巣や雛を守ったり、さらにはテリトリーを主張したりするために、高い梢や森の木々の葉陰、さらには渓流の岩の上などで、大きな美しい声で囀り続ける。これは、子孫を残し、次の生命をつなぐための、まさに命を張っての必死の繁殖行動のひとつなのである。
梢の見事なまでの囀をしみじみと聞きながら、自然の営みの奥深さに深く感じ入るとともに、大自然の中におけるおのれの存在の小ささに気付かされる。そして、ふと寂しさに襲われる。そんな心中を詠んだ句ではないかと想像しつつ鑑賞した。
息固く絞り草笛鳴かせけり山田佳乃〔円虹・ホトトギス〕
[俳句 2025年5月号より]
草笛を吹いてみたものの、最初は思うように音が出なかったのであろう。そこで、今度は大きく息を吸い込んでは、吐き出す息の量を調節しつつ工夫して吹いてみる。すると見事なまでに美しい音色が生まれたではないか。コツをつかんでほっとする瞬間である。
擬人法を用いた「鳴かせけり」の工夫が光る。この措辞により、生き生きした美しい音色であることが暗示され、一句が見事なまでに輝きを増す。また、「絞り」と「鳴かせ」の呼応関係も巧みである。
美術館目指して軽鳧の親子かな泉本浩子〔馬醉木〕
[俳句界 2025年5月号より]
軽鴨は、草むらなどに巣を作る。産卵後25日ほどで孵化すると、間もなく親子は安全で餌がある大きな池や川などへ群れで移動を開始する。
この軽鳧の親子も長い列を作っては、きっと美術館の敷地内にある大きな池へと移動する途中であったのであろう。省略の効いた句である。周りで見ている人たちがはらはらしながら声援を送っている、そんなのどかな光景までもが想像できる。
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