鑑賞「現代の俳句」 (7)                    沖山志朴

巣立鳥親子の距離の長くなる落合水尾

[浮野 令和3年8月号より]
 雛鳥が成長し、自立してゆく過程を感覚的に表現している句である。「距離の長くなる」とは、物理的な距離が離れていくことと、心理的な意味合いでの距離が遠ざかってゆくことを意味する。
 四十雀や目白などの小鳥を観察していると、その巧みな子育てにいたく感心することが少なくない。巣立ったばかりの雛は、最初は巣から余り離れていない小枝などで、雛同士が固まるようにして、親鳥が餌を運んでくるのをひたすら待っている。親が近づくと、羽を震わせながら、一斉に大きな口を開けて餌をねだる。それが時間が経つにつれ、親子、雛同士の距離がしだいに離れてゆき、やがて雛は少しずつ見よう見まねで自ら餌を採るようになってゆく。観察眼が光る句である。

麦飯や昭和に捨てしもの多し太田土男

[百鳥 2021年8月号より]
 経済のグローバル化、情報化、少子高齢化、科学技術の進展などにより、近年、社会状況や人々の生活は急激に変化した。とりわけ、戦後の貧しい時代を生き抜いてきたものにとっては、その変化は驚くばかりである。
 季語の麦飯は、貧しい時代のいわば象徴。一昔前までは、衣服や食べ物は十分ではなく、物質的には貧しかった。しかし、そこには人と人との豊かな触れ合いがあり、温もりがあった。更に、新型コロナウイルスが蔓延してからは、人々の生活は一変し、空虚感や孤独感が社会全体に蔓延。掲句は、そんな戦後の変化の激しい時代を生きてきた世代の、ノスタルジーである。

石庭の深き筋目も五月晴藤本美和子

[泉 令和3年8月号より]
 梅雨時の久しぶりの晴天。長雨でしばらく手入れも十分にできなかった石庭は、筋目もやや崩れがち。よく晴れた今朝は早くから、落葉やごみを拾ったりしながら丹念に筋目を付けたのであろう。
 晴れ渡った気持ちよい空、くっきりと付いた深い砂の筋目、そして、その陰影。鬱陶しい梅雨時の気分から解放されて、しばし眺め入る。 

いちめんの若葉に浮力ありにけり奥坂まや

[俳句 2021年月8号より]
 「浮力」という物理的な用語が、命を与えられた生き物のように斬新な輝きをもって一句に響き合っている。「いちめん」の表記も作者はあえて漢字ではなく、ひらがな表記にしている。これにより、春先の自然の命の躍動感がより鮮明になった。
 みずみずしい若葉の季節は、山々の景色は日ごとに変わってゆく。昨日までとは違った微妙な色合いの変化、一段と膨らみをもった山容。その日ごとに変わってゆく鮮明な印象を「浮力」で巧みに表現している。

藤房のぐいと起きては垂れにけり戸恒東人

[春月 2021年7月号より]
藤の花の咲き方を時間の経過で見た句。藤の花芽は、はじめは上方へ向かってぐんぐん伸びる。その房が10センチ程度になると、今度はしだいに先が垂れ下がりはじめ、やがて見事な花房となって垂れそろう。
 「起きる」は自動詞。「ぐいと起きては」と擬人法を用いることによって、その勢いある動きが、あたかも藤の花房の意志ででもあるかのように表現したところが作者の工夫。毎日興味をもって観察していればこそできる句である。

田植機の運転しかと島女山城やえ

[あきつ 2021年秋号より]
 僚友誌から。郷土の佐渡島の自然や人々の生活を長年にわたって詠い続けてきた「あきつ」の名誉主宰の山城さん。それらの句には、佐渡を愛してやまない山城さんの温かいまなざしが感じられる。
 近年の日本の農業の近代化はめざましい。とりわけ、田植機やコンバインの普及により、稲作の光景は一変した。佐渡島も少子高齢化が急速に進み、労働力の確保が課題となっている。島の女性は男以上によく働く。田植機の運転操作に慣れた女性が、忙しく働いている姿を描きながら、変わりゆく島の姿を描いている。

洗ひたる墓の返せるひかりかな奥名春江

[俳句界 2021年8月号より]
 時間をかけて丹念に洗った墓、それが、まるで光を放ってでもいるかのようにきれいになった。
 しばし眺めていると、不思議なことに故人の生前の言葉が蘇ってきた。そして、それは先の見えないうつし世に戸惑い生きるものを励ましてくれる、というのであろう。勇気をもらう作者の姿が彷彿と浮かぶ。

 

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