衣の歳時記 (82)  ─ 毛糸編む ─                                              我部敬子

  年初めの1月。多くの人が家族揃って正月を寿ぐ格別な月である。月半ばまでは様々な行事がありめでたい気分に浸るが、厳寒期を迎え、暖房の効いた家の中で過ごすことも多くなる。

 毛糸編む碧落しんと村の上飯田龍太

 かつては寒くなると、あちこちで「毛糸編む」姿が見られた。毛糸で編んだセーターや襟巻は、冬の装いには欠かせないものである。近年は機械編みが主流だが、ひたすら編棒を動かしている女性は、ある種の安らぎがあり絵画的である。副季語は「毛糸」「毛糸玉」。

 ルノアルの女に毛糸編ませたし阿波野青畝

 毛糸は羊、山羊、兎、駱駝などの動物の毛を原料にして紡いだ糸であるが、毛織物用の糸と区別して一般的に手編み用を毛糸と呼ぶ。比較的繊維の長い梳毛糸から作られ、甘撚りで弾力性に富むので暖かい。

 太さは極太、並太、中細、極細などに分けられ、日本では中細毛糸がよく使われる。因みに欧米では並太毛糸の消費が多いという。若い頃、太めの毛糸で編んだバルキーセーターが流行ったが、日本人の体型に合わなかったのか、あまり見かけなくなった。

 編物の歴史は古く、二世紀頃の遺跡で見つかっている。その後中世ヨーロッパで靴下編みから広まっていった。日本には江戸時代にメリヤス編みの靴下が輸入されていたが、毛糸の手編みは、明治以降に女子の手芸として人気を得た。明治20年の尋常小学校読本に「あねは、毛糸で、あみ物をして居ます」の一文が見える。

 第二次大戦後に洋装化が進むと、手編みのセーター、カーディガン、手袋、マフラーなどが盛んに編まれた。近年は既製品に押されて下火になってしまったが、合繊の混じった鮮やかな色合いの毛糸も登場し、根強い人気を保っている。

 空と海の色二本どり毛糸編む山田みづえ

 さて多くの例句を拾ってみたが、この何気ない季語から、思いの外広い詩的な世界が生まれているのに驚かされる。まずは写実的な句。 

   母の五指もの言ふごとく毛糸編む今井美枝子

 夜といふ裾に坐りて毛糸編み鷹羽狩行

 次はその佇まいに己の心を投影した句。

 若からぬ寡婦となりつつ毛糸編む桂信子

 毛糸編む影婚暦の如く深し楠本憲吉

 衝撃を受けたのは冒頭の句。龍太らしい構図が素晴らしい。そして一編の物語のように心に沁みる句。

 離れて遠き吾子の形に毛糸編む石田波郷

長期療養の入院先で、妻の編物を眺めながら我が子を愛おしむ心情が胸に響く。さらに、

   いくさ来むことを思ひて毛糸編む山口青邨

 昭和十七年に発表された句集のなかの一句だが、現在の日本で詠まれても不思議はないほど説得力をもつ。十七音の詩の可能性を改めて感じている。