衣の歳時記(85) ─ 染織祭 ─ 我 部 敬 子
冬の北風が徐々に東風、南風に変わり暖かくなる4月。日本列島を桜前線が北上し若草が萌え立つ美しい季節である。京都は様々な神事や祭で賑わい、春爛漫を迎える。
西陣の機は娘が継ぎ染織祭薗田踏子
昭和の初めに京都で催されていた「染織祭」(春の季語)。京都の染織関係者が一体となって立ち上げた、祭祀と衣装行列を取り合わせた祭礼である。昭和12年までは盛大に行われたが、日中戦争の兆しとともに祭祀のみとなり、やがて取り止めになった。
その後、宮崎友禅斎生誕330年に当たる59年に「京都染織まつり」として一度だけ復活したが、その後は続いていない。副季語は「呉服祭」。
残念ながら、染織祭はほとんどの歳時記に扱われていないが、講談社版『カラー図説日本大歳時記』には採択され、冒頭の一句のみ見つけることができた。あまり知られていない祭なので、その始まりから繙いてみよう。
第一回染織祭は、昭和6年4月11日(土)・12日(日)の二日間に渡って開催された。大正末から続く不況下で、京都の染織産業の振興を図るために、官民が協力して染織講社を組織し開催に漕ぎ着けた。ちょうど市域が広がり大京都市が誕生する年でもあったため、祝賀ムードの中で行われた。
興味深いのは、京都的な発想である。単なる人集めのお祭りではなく、まず祭神を選定し、平安神宮宮司が斎主として厳に祭儀を営む。その後の奉祝行事は、千年の都に相応しい華やかなものにという構想である。祭神は「天棚機姫神(あめのたなばたひめのかみ)」「天羽槌雄神(あめのはづちのおのかみ)」「天日鷲神(あめのひわしのかみ)」「長白羽神(ながしらはのかみ)」「津咋見神(つくいみのかみ)」「保食神(うけもちのかみ)」「栲幡千々姫命(たくはたちぢひめのみこと)」「呉織女(くれはとりめ)」「漢織女(あやはとりめ)」の九柱で、麻や木綿、機織りに所縁のある神々が勢揃いしている。
当初から催し物に大衆行列を計画しており、女性風俗行列に焦点を絞った。それは、既に京都の一大名物になっていた時代祭(明治28年創始)が支配者階級の衣装で構成されていたため、町人や百姓の風俗によって、より広く染織を印象づけようとする目論見であった。
しかし、衣装の考証や準備が間に合わず、第一回目は染織講社・料理飲食業組合、映画関係者などの屋台車やパレードが都大路を練り歩いた。そして二年の短い期間に、京都の錚々たる有職故実・風俗史研究者や装束店、織元が考査に取り組み、翌々年の第三回で、古墳時代から江戸後期までの庶民を含む女性の衣装を復元したのである。これらの衣装は中止されてからも大切に保管され、戦後に新たに加えられた時代祭の婦人列の衣装として披露されている。確かな伝統と技術を誇る京都の底力を強く感じる。
手元に京都書院刊『京都染織まつり記念図録』という写真集がある。昭和59年の祭のものだが、髪型、装身具まで復元された服装の女性達が淑やかにポーズをとっていて素晴しい。行列の最後に現代の着物の列があり華を添えている。京都の柔軟性も垣間見える一齣である。
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