衣の歳時記(86) ─産着 ─ 我 部 敬 子
若葉を揺らす爽やかな風に身も心も軽く感じる5月。五月晴とは本来、旧暦の皐月の頃の梅雨の晴れ間の事であるが、新暦の5月の晴天を指すのが一般的になっている。濃淡のさ緑の中に、白い花が一際美しく映る。
マーガレットそれより白き産着干す対馬康子
「産着」。季語ではないが、人間にとって記念すべき衣服の一つである。この世に生まれて初めて着る衣。清潔な晒木綿やガーゼで作られることが多い。襁褓と共に、誕生の喜びを込めて用意される。「産衣」とも書く。百日過ぎのお宮参りの晴着を含める場合もあるが、「初着」として区別するのが良いだろう。
夏の朝産着抱き締め対面す荒幡美津恵
お産が助産婦や病院によって近代化されるまでは死産などが多く、産着に纏わる俗信が広く守られていた。生まれる前に縫っておくものではない、三日までに着物を着せるといかり肩になる、生まれて直ぐは、ボボサツツミというぼろや前掛けなどでくるんだ方が悪霊の目を避けられる、といった類である。そのため三日湯の後に初めて袖のある産着が着せられた。
産着には江戸時代から、麻の葉文様の布が好まれた。麻は虫が付かず、丈夫で真っ直ぐに生長するので、それにあやかったものである。今でも市販されており、産院などで散見される。40年ほど前のお産の時、今は亡き母が、白地に水色の麻の葉模様の産着を縫ってくれたことを懐かしく思い出している。
青田風生まれ来る児の産着縫ふ広瀬ヒデ子
産着は仕立て方にも工夫がある。できるだけ縫い目を少なくするように裁断し、縫い目に虫や塵が入るのを防ぐ。また着心地がよく着脱しやすい平面的な形にするので、洗濯もしやすい。
はつなつのたちまち乾く産着かな多田悦子
因みに皇室では皇子が誕生すると、羽二重の産着で包み、勅使によって奉じられた守り刀が枕辺に置かれる。高貴で絵になる産着といえよう。
現代は好みで衣服を選ぶ時代である。産着も白や淡いものばかりでなく、きれいな色物もあるようだ。普段目にしないところでも時代が変わってきている。
予定日は海の日青い産着買ふ山口ぶだう
先日、5月に出産を控えた次男の嫁を訪ね、多忙な仕事の合間に揃えたという産着を見せてもらった。こんなにも小さく可愛いものだったかと感慨深く見入ってしまったのだが、総てロンパース型である。これでは赤ちゃんが窮屈なのでは?と、老婆心ながら、古典的な産着をプレゼントしようと思っている。
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