古典に学ぶ (58) 『枕草子』のおもしろさを読む(12)
─「清少納言のことばへの鋭敏な感覚②─
実川恵子
前回の「うつくしきもの」(145段)の後半は次のようである。
雛(ひひな)の調度(てうど)。蓮(はちす)の浮葉(うきは)のいと小さきを、池より取りあげたる。葵(あふひ)のいと小さき。何も何も、小さきものは、みなうつくし。
いみじうしろく肥(こ)えたるちごの、二つばかりなるが、二藍(ふたあゐ)の薄物(うすもの)など、衣長(きぬなが)にて襷(たすき)結(ゆ)ひたるが、這(は)ひ出でたるも、また、短きが袖がちなる着てありくも、みなうつくし。八(や)つ、九(ここの)つ、十(とを)ばかりなどのをのこ子(ご)の、声は幼(をさな)げにて文(ふみ)読みたる、いとうつくし。
鶏(にはとり)の雛(ひな)の、足高(あしだか)に、白(しろ)うをかしげに、衣(きぬ)短かなるさまして、ひよひよとかしがましう鳴きて、人の後先(しりさき)に立ちてありくもをかし。また親の、ともに連て立ちて走るも、みなうつくし。かりのこ。瑠璃(るり)の壺。
(人形遊びの道具。蓮の浮葉のごく小さいのを、池から取り上げてみたの。葵の葉のとても小さいの。何でもかでも、小さいものはみなかわいらしい。
とても色白でふっくらとした幼児の、二つくらいの赤ちゃんが、二藍のうすものを裾長に着て、着物が長くて、袂を背で結んで這い出したのも、また、着物の丈の短い幼児が、まるで袖ばかり目立つようなのを着て、あちこちしているのも、みなかわいらしい。八つ、九つ、十くらいの男の子が、まだ声は幼げな様子で甲高い声を張り上げて漢籍(かんせき)の素読をしているのも、とてもかわいらしい。
鶏のひなが、足が長く、白く愛らしい様子で、着物を短く着たような様子をして、ピヨピヨとうるさいくらいに鳴いて、人の前後にまつわりついて歩くのもおもしろい。また、親鳥が一緒に連れ立って走るのも、みなかわいらしい。かるがもの卵。瑠璃で作った壺も美しい)。
この「うつくしきもの」章段の、もう一つのみごとさは、「かりのこ。瑠璃の壺。」という作者固有の締め括り方にある。他の「……なるもの」章段に比べ、一段と冴えていると思われる。
人間の手を加えない、あるいは、人間の手では到底作れない、卵のあの柔らかな曲線、片方がやや尖り気味の形。そして一つ一つの卵によって、少しずつ異なりながら、どれ一つをとってもまさに卵の色や形はこれでしかない、という感じのする「かりのこ」と、青い美しい宝石を、更に精巧に刻みあげた「瑠璃の壺」。それは、従来の「うつくし」の範囲からはみ出ているようでありながら、たしかに「うつくし」の基本に根ざしているものだといえる。
清少納言は、この章段を、おそらく筆をとって書き、筆を止めて思いつつしながら、この新しい「うつくしきもの」に到達したのであろう。そういう目で改めてこの章段を読み直すと、実におもしろく、清少納言の持つ固有で、鋭敏なことばの世界があざやかにひらかれていくような気がする。
また、それだけではない。ここに描かれた子どもの姿態の、何と魅力的なことであるか。子どもを育てたことのある人には、覚えのある場面が、簡潔にしかも生き生きと捉えられている。ここからは次回へ譲ることとしたい。
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